編集担当のメールに僕は少々面食らっていた。これまで作品が落とされたり、厳しい講評を受けたりで、落ち込むことばかりだったのに、同じ作品が絶賛なのだ。大きな賞は取っていないが、小さな賞の最終候補には何度も入っている。実力がないわけでもなく、運がなかったのかもしれない――。
編集担当のメール以外にもう一本メールが届いていた。
『早速、編集担当に連絡したようだな。印税は俺の会社に振り込まれる。俺の会社の社員として、君に振り込むので、銀行口座をこのメール宛に流してくれ。それと、編集担当へのメールは無言でいい。色々なオファーが来るが断れ。作品も出したい時、出したいように出せばいい。かつての夢幻童子より』
あの男からの指示だった。なるほど、とも思う。このメールアドレスを使って、自分宛にメールを出し合えば、あの男と連絡できるようになる。
――印税か……。
まだ実際の金を手にしたわけではないが、印税という言葉に心が少し高鳴る。
2ヶ月後、僕の作品が日本中の書店に並べられていた。それも、大々的なポップと、それぞれの書店の一番良い位置に。あの男が最後に作品を出したのが、2年前だったので、2年ぶりの新作ということになる。発売日には、ファンの行列ができたりもして、ワイドショーでも取り上げられたりした。
近くの書店で、僕の作品を手に取り、まじまじと眺める。僕は、安っぽいドラマのように自分の頬をつねってみた。
――痛い……。
夢ではないようだ。本の装丁も素晴らしく、自分の子供が、綺麗な服を着て芸能界デビューしたら、こんな気持ちになるのか――。親バカを笑えないな、と思う。
僕がそんなことを考えている間も、本が次々に売れていく。
情報番組を見ると、僕の本が特集されていた。評論家が絶賛している。(大きく作風を変えてきた野心作で、新境地を切り開いた)という主旨のことを熱く語っていた。
――作者が変わっただけなんだけど……。
テレビに1人で突っ込んでみる。一方で、嬉しさとともに、世に中ってこんなものなのかとも感じ始めていた。夢幻童子になる前は、何度も作品が落とされ、光の見えない未来に悶え苦しんだ。死ぬ事まで決めたのに、その横にこんな展開が待っている。夢幻童子のブランドのお陰かもしれないが、僕が今までダメだったのは実力じゃなく、単なる運だけの気もした。
しばらくして、編集担当から印税振込の連絡が来たので、振込口座を確認に行った。街は、冬本番で寒さが増していた。いつもなら憎らしい、浮かれた街の装いが楽しげに感じられる。通帳に記帳すると、見たことのない桁数の金額が振り込まれていた。すでに200万部売れたという話も聞いているので、今後どんどん増えるのは確実だった。僕は銀行からの帰り、百貨店のブランドショップで、寒さ対策のため、洒落たマフラーを買った。何かご褒美を自分にあげたかった。かといって、お金を使い慣れてないので、これといった使い道が直ぐには思いつかない。この前、夢幻童子に貰ったマフラーはあったが、自分で選んで、自分の稼いだお金で買ってみたかった。マフラーを買った後、僕は、いつ行ったか記憶にないほど久しぶりに、百貨店の屋上でステーキを食べた。