小説

『出鱈目』広瀬厚氏(『平凡』)

「……… 」と月の翁しばしよそを向く。それから、
「で知らんかね? 」
「知るはずないじゃん」
「やっぱし」
「うん」
「こ」
 あまりの下らなさに私は思わず「ぷっ」と笑ってしまった。そんな私を見て月の翁は、してやったりとばかりに、ニンマリ笑う。何はともあれ笑ってしまった私の負けである。いさぎよい私は男らしく翁に負けを認めた。
「なかなかやりますの。ついつい笑ってしまいました。惨敗です。こうなったら私を煮るなり焼くなりフランベするなり、どうぞ月の翁のご自由に」
「ほほう… お主今どき珍しい竹を割ったような性格をした男とみた。良しっ、気にいった! 姫を迎えに行くのはもうやめじゃやめじゃ。実は土産にやろうと月から持ってきた不老不死の秘薬がある。そいつをお主にやろう。どっこらしょ、ちょっと待っておれ」
 と月の翁は腰を上げ、襖を開けて畳の部屋から出て行った。そして私も腰を上げ翁が出て行ったのとは反対方向の襖を開けてみた。縁側の向こう舳先が見えた。船のまわりは大空である。はてさて? いったいどう言った仕組みでこの船は空に浮かんでいると言うのか。一瞬思ったがすぐ「ま、いっか」と考えるのをやめて空を眺めた。数羽のカラスがアホーアホーと飛んで行った。もしや昨日のカラス連か知らん?
 私が部屋へ戻るとちょっとして翁も茶色い壺を両手で持って戻ってきた。
「ほれこん中に不老不死の秘薬が入っちょる」
 そう言って翁は壺を畳の上に置き木のふたを取った。興味津津に私はそばに近づき中をのぞいた。
「はつ! うめぼし? 」
「ノーノー、ウボメシじゃ」
「… うぼめし? 」
「そうじゃ秘薬ウボメシじゃて」
 どう見たって壺の中いっぱいの梅干にしか見えない。それを翁はウボメシと言う。まあそんなこたあどうだっていい。兎も角もこの梅干見たようなものが不老不死の秘薬だと翁は言う。そして続け言う。
「こいつをな、毎朝かかさず一個づつ食べるんじゃ。すっぱいが白米のともになかなか良い。あ、種はべつに食わんで良いぞ。毎朝毎朝食べ続け最後に壺の底に残った一個を食べ終わると、あ〜ら不思議! 不老不死となるのじゃ。たぶん」
「たぶん? 」
「そう、たぶん。さあお主にやる。持ってけ」
「はあ… じゃあ遠慮なく」
「さてそろそろ月に帰ろかなっと」
「そう言や人類月旅行が出来るようになるそうですよ。なんや日本の実業家が行くとかなんとか… 」
「ばかもん! 月をなんだと思っておる。月だぞ月。神秘なる月じゃぞ。人間ごときが来るようなところじゃない。夜に地上からうっとりながめてこそ、人間にとって有難き月じゃ。それを月旅行とは以ての外の愚行じゃ、けしからん! まったく人間ってやつは******

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