小説

『出鱈目』広瀬厚氏(『平凡』)

「ふんがしたいへんフンガシいしだいでありましてふんがしいにはフンガシいにちがいありませんがふんがしフンガシてわざわざふんがしくしておるのはフンガシではないかと。ま、ふんがしばなしをひとつ、フンガシふんがしうらしまガガガ」
 私は正気である。いたって正気である。ただ出鱈目なだけである。それより何はともあれ平凡から脱却せねばならぬ。

「行ってきます」
 次の日の朝私は普段通りに玄関を出た。そしていつもなら、車に乗って職場へ向かう。けれども今日はそうは行かない。なぜなら私は平凡からの脱却を目指しているからである。車には乗った。エンジンもかけた。ハンドル握った。アクセル踏んだ。しかし職場には向かわぬ。さてどこへ向かう。私は最寄りのインターチェンジへ向かった。
「いやはや特別な考えなぞ毫も有りません。わたくし朝小鳥がちゅんちゅん鳴いておるのを耳に目覚めました。いつになくそれはそれは麗しい朝でした。ベッドから起きカーテンを開け朝の空を望みました。ところどころ薄雲がかかっているものの満更でもない天気でした。その時わたくし心に決めたのです、平凡な一日から逃れてどこか遠くへ行こうと」
 要するに仕事をズル休みして、どこかに遊びに行ってやる、そう言ったニキビづらした中学男子的了見の至って軽率な行動である。私はただ単に仕事をしたくなかったのだ。それは平凡も非凡もまったく関係ない。
 ところがどっこいとんでもない事となった。高速道路に乗る前に、車ごと宇宙船にさらわれ乗ってしまった。嘘のような話だけれど偽りのない真実である。私自身大変ビックラコイタ。驚き桃の木山椒の木である。
 高速道路進入口手前約一町辺りにて、突然車体がふわりと浮き上がり、天に向かって上昇を始めた。この奇っ怪千万なる現象に喫驚した私は、車体前方窓硝子より、進行方向である天を仰いだ。視線の先、巨大木造船と思しき物体が天空に浮かんでいる。車体は漸漸と木造船に近づいて行く。やがて船底に視界が遮られるほどに接近した。すると船底の一部が観音開きに開いた。そしてそこから私を乗せた車体は、巨大木造船船内へと導かれた。
 船内は真っ暗で何も見えない。と思った次の瞬間私は畳に敷かれた座布団の上胡座をかいていた。目の前には着物を着た蓬髪鯰髭の爺様が矢張り座布団の上胡座をかいていた。
「突然と悪いのう。驚いたかね? 」爺様が口を開いた。
「そりゃ、まあ……。で、ここはいったい? 船の中? 」
「ピンポ〜ン! 正解じゃ。わしが月から乗って来た自慢の船の中じゃよ」
「月から来たんですかそりゃご苦労さんです。で、わざわざ月から何しに? 」
「姫を迎えにじゃ」
「はあ、な〜るほど。ま、それはいいとして何で無関係なこの俺を車ごと船に? 」
「そうじゃ堪忍堪忍。どうも近ごろ物忘れがひどくってな… ああそうそう、お前さん竹取のアッキーナの家を知らんかね? 、忘れちまってな。で、はて? と空に止まって首をかしげておる時たまたまお前さんの乗った車がなぜか目にとまったもんじゃでな、それで尋ねてみようと思ったわけじゃよ、姫のいる竹取のアッキーナの家を」
「…… アッキーナじゃなくて翁でしょ。爺さんウケ狙ってない」

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