脳内の勝呂に糾弾され驚いた淳子は現実にピントを合わせる。
「申し訳御座いませんでした」
現実の勝呂が再び深々と頭を下げる。
「そんな。頭なんか下げないでください」
脳内の勝呂に同情し、驚愕もさせられた淳子が慌てる。
「印税と芸能活動での配分については社に持ち帰り検討致します。いえ、きっと約束通りの配分に致します。それとは別な話ですが、必ず平田淳子の小説をいずれは出版してみせます。これは編集者としての私の夢でもあります」
「私名義の本……。ですか……。売れますでしょうか?」
「勿論です」
「という事は良質な作品ではないという事ですね」
淳子が力なく笑う。
「いや、そんな事はありません」勝呂が慌てる。先程の脳内劇の如く辛辣な言葉ではないが、同じ様な意味の事を現実にも述べていたからだ。早口で勝呂が続ける。「程度の低い本は一時的には売れてもすぐに忘れ去られます。タレント本なんかそのいい例です。それに比べ良質な作品はいつまでも売れ続けるのです。良書が悪書に駆逐されてはならないのです」
「そうですね」
淳子が頷くと、
「そうです。本当の良書は五十年先、百年先、いや、もっともっと先まで生き残るのです」
勝呂が強く言う。彼の正直な気持ちであろう。
「夏目クリスティの本も生き残るでしょうか?」
「勿論です」
「本当に?」
凝視すると勝呂が目を逸らした。嘘なのである。勝呂の分かりやすい態度に淳子はこれまでにない好感を覚えた。もしかしたら夏目クリスティの担当編集者である彼にとっては、印税や芸能活動のギャラで私を騙していた事なんかよりも、今の嘘が一番辛く、みじめな思いをさせられたのかもしれない。そう考えると、もう印税や芸能活動のギャラ配分はどうでも良かった。ただ、この勝呂を唸らせる作品をいつか書いてみたい。その思いだけがドンドン膨らんできていた。
文学賞の受賞式でスピーチを終えると、派手なドレスに身を包んだ鶴田知美がオメデトウと言いながら魅力的な笑顔で花束を渡してくれ、壇上からフロアを見渡すと最前列で勝呂が満面の笑みで拍手をしている。
そんな脳内劇を平田淳子は観ていた。