小説

『Steal this album』澤ノブワレ(『耳無し芳一』)

「ええい、何を突っ立っておるか!斬れぬのか。斬れぬと申すなら、自ら腹をかっ捌くまで!」
 ぼんやりと考え込んでいた芳平に業を煮やしたのか、鎧武者はやおら立ち上がり、音もなくヌラリと太刀を抜いた。そして柄を床につけ、切っ先を腹に当てると、そのまま前傾に体重を載せようとする。肝を抜かれた芳平はへたり込みそうになったが、なんとか武者に飛びついた。
「待てぇ!早まるんやない。同じなんじゃ。ワシも、帝さんも、みんな同じなんじゃ!」
 芳平は自分でも訳も分からぬまま喚き散らした。しばらくの間、ガチャリガチャリと響く鎧の音と、芳平の叫びと、武者の呻き声が真夜中のCDショップに響いた。しかし平家一の猛者であり、九郎判官の天敵と呼ばれた男に、ただの音楽好き中年男が勝てるはずもない。芳平は組み伏せられ、教経の右脇に首固めを掛けられた状態で、気を失いかけていた。
「武士の最後を汚しおって。壇ノ浦の時はもう一人いたが、まあよい。お主一人を道連れに!」
猛り狂った教経は、芳平もろとも大太刀で自らを貫かんとする。その時であった。
「教経!やめて!」
「能登殿!そこまでです!お静まりください!」
 突然、少年と女の声が響き、教経の動きがピタリと止まった。
「帝……時子殿……いや、皆の者。どうしてここに。」
 教経は芳平を脇に抱えたまま、少年と時子、そしてその後ろにずらりと並んだ武士たちを見やった。
「能登殿の帰りが遅いので、心配して皆でやってきたのです。帝には残っておくように言ったのですが、自分も行くと聞かず……。」
 教経が目を落とした先では、少年が涙ぐみ、責めるような目でじっとこちらを睨んでいた。
「だって、教経はすぐに無茶をして。あの時だって、麿のために九郎に向かっていって……それっきりだった。もう、あんなのはごめんだよ。麿は、もう誰一人として自分のために死んでほしくなんか無い。」
ふっと、芳平の首を締め付けていた力が緩み、再びその猛者は膝をついた。ガチャリと、今度は静かに音が響く。
「この愚かな業突く張りに対して、なんと深い情けの心か。この教経、帝を思うなどと嘯きながら、無用な涙まで流させてしまった。どうか、どうか許し給え。」
 頭を垂れた教経に、少年はたまらず抱きついた。
「能登殿、許しを乞うのであれば、まずはそちらの御仁に対してではございませぬか。」
 時子は優しく、しかし凛とした口調で言うと、今度は咳き込んでいる芳平に向いた。
「まずは、能登守が乱暴を働いたこと、お許しください。生前からどうしようもなく血気盛んで、抑えが効かないのです。それから、その前の話も聞かせてもらいました。今までいただいてきたしーでーは、全て商い物だったのですね。何とかお詫び申し上げたいのですが、お察しの通り、我々は戦に負けて海に沈んだ身ゆえ、金品は持ち合わせておりませぬ。せめて今まで頂いてきたしーでーをお返しします。あと、何かお役に立てることがあれば何なりと仰ってください。」
――CDを返してもらったところで、もう開封しているものは売り物にならない。それに……。

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