小説

『ちょろきゅう』太田純平(『たのきゅう(民話)』)

 僕が困惑していると、沼田は友達のように声を掛けてきた。
「おう」
 しかしその表情には、フレンドリーさの欠片も無かった。
「てめぇ、よくも言い触らしくれたな」
「イヤ、アノォ」
「おかげでこっちは商売あがったりなんだよッ!」
 胸倉を掴んできた沼田に、僕は頭を下げた。
「すみませんでした」
「アァ?」
「あれからずっと、僕も反省してて――」
「謝ったって無駄だ」
「僕、カツアゲされる悔しさとか、怖さとか、よく知ってるから……だから、同級生達を、救ってやりたくて、つい……」
「……」
 沼田は少し黙った。てっきり、許してくれるのかと思った。
「顔を上げろ」
 沼田がそう言うので、僕は顔を上げた。
 しかし沼田は僕の顔を見てニヤッとした。悪意だ。悪意のあるニヤつきだ。
「エリカ」
 沼田は突然、誰かを呼んだ。
 すると気だるそうに、一人の女子高生が現れた。制服を着ているし年上っぽいから、多分女子高生なのだ。
 日本と、どこだろう。フィリピンだろうか。ハーフっぽい顔立ちに、長めの茶髪。僕の目から見ても美人で、間違いなくピラミッドの頂点にいるタイプだ。
 沼田が僕に言った。
「どうだ、怖いだろう」
「?」
「お前の苦手なモンだ」
「……」
 確かに、僕はある意味怖かった。一体これから何をされるのかという、この状況が一番――。
「世の中な、食うか、食われるかなんだよ」
 沼田は僕にそう言うと、今度は女子高生に向かって「たっぷり可愛がってやれ」と言った。
 女子高生は「あいよ」と返事をして、僕の袖を引っ張り、通りを歩き出した。
 どういう事だ。
 拉致か――リンチか――。
 あぁ。
 あの時、同じ道さえ歩いていれば――。
 僕は振り返って、沼田を見た。
 沼田は口パクで「ざまあみろ」と言って、高架下の方へ歩き去った。
 僕は女子高生に訊いた。
「アノォ」
「ア?」

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