小説

『ちょろきゅう』太田純平(『たのきゅう(民話)』)

だから僕は、こいつらが悪だとは思ってない。だって、自販機でカネを拾う行為だって、本質的には悪。
仕方ないんだよね、多少の悪は――最下層の人間が、生きる為には――。
 僕は野球部達に、沼田の弱点を教えた。
 するとたちまち学校中に、沼田の弱点が広まった。
あの高架下は中学の近くにあるから、やはりみんな、沼田のカツアゲの被害に遭っていたらしい。
 ざまあみろ、沼田。
 もうあんな高架下、二度と通るもんか。
 念の為マクドナルドも、暫く行くのは控えよう。

 その日の夜。
 僕は結局、あの高架下に居た。
 厳密には、覗いていた。三割の家に居たくない気持ちと、七割の好奇心をもって――。
 沼田が居た。
 昨日と同じように、いわゆるヤンキー座りをして、タバコをふかしていた。
 僕はアパートの物陰に潜んで、暫く沼田を観察した。知り合いにドッキリを仕掛けているような、妙な感覚だった。
 沼田の前を、塾帰りらしい中学生が通った。制服からして、同じ中学だ。
「オォイ」
 沼田が声を掛けた。
 するとその中学生は、ポケットから板チョコを取り出して、食べた。
「げッ」
 中学生に歩み寄ろうとした沼田は慌てて戻り、銅像のようにヤンキー座りを続けた。
 また、別の中学生が通った。あ、あれはうちのクラスの野球部の――。
「オォイ」
 沼田が声を掛けるとその野球部は、五円玉の形をしたチョコを取り出し、食べた。
「げッ」
 沼田はバツが悪そうに、頭を掻いた。
 そんな沼田を嘲笑うように、中学生グループが歩いて来た。なんと全員、チョコレートを食べている。
「……」
 沼田は固まった。
 沼田はもはや、休憩中の作業員だ。作業員の銅像だ。
 沼田は誰もいなくなってから「あの野郎、しゃべったな!」と地団駄を踏んだ。
 僕は、そんな沼田を楽しんで覗いている――はずだった。
 しかしいつの間にか、友達を裏切ってしまったような、諸悪の根源は自分であるかのような、そんな嫌な気持ちに駆られていた。
 友達――かよ――。
 僕はやりきれない思いを抱えたまま、家に帰った。
 布団の中ではさすがに「沼田が一匹、沼田が二匹」とは数えなかったが、頭の中は沼田への反省でいっぱいだった。

 それから、何日経っただろうか――。
 ある日の夜、僕が自販機の小銭拾いから家に帰ってくると、沼田が待ち伏せをしていた。
「!?」
 どうやって僕の家を――まさか「そこ真っ直ぐ行ってすぐ」という僕の言葉から推測して――いやいや名前バレしてるから、色んな人に訊いて――。

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