小説

『平成 牡丹燈籠』サクラギコウ(『怪談 牡丹燈籠』)

「虫が鳴くと、清水の方から女の下駄の音がする。カランコロン、カランコロンと、なんだこんな夜更けに女の人が歩いている」
 圓朝はこのカランコロンが上手い。もっと軽やかに、もっと不気味に!とナナが叱咤激励する。
 幽霊に足はあったのかと思いながら新二郎はカランコロン、カランコロンと繰り返し練習し続けた。
「先に立ったのは年の頃39ほどの丸髷を結った女、牡丹燈籠を下げてやってくる。その後から年の頃なら17、8の娘、髪は文鎮高島田、秋草の振袖を着、緋縮緬の長襦袢、黒じゅすの帯を締めている」
 夏だというのに振袖かよ、暑くてたまらないだろと新二郎が呟く。ナナがムキになった。好きな人に逢いに行くのよ、一番いい着物に決まってるでしょと怒った。

「あなたは萩原さんじゃありませんか?私は飯島の召使よねでございます」
「え、あなた方二人は亡くなったと聞きましたが」
 生きていたことを知った新三郎は喜んで家へ招き入れる。二人はその晩泊っていき、あくる日夜が明けないうちに帰っていった。その後5日の間毎晩やって来るようになった。
 やっと逢えたね、とナナが嬉しそうに言った。

 
3

 囃子亭菊輔は2人の男女を前に身を縮めるようにしていた。1人は恩人の秋山で、もう一人は本居和佳子だった。今は萩原和佳子という。
 和佳子は菊輔が遊びまわっていた20年前に知り合った女性だ。そのころ菊輔には妻子がいたが、本気になった相手だった。
 和佳子との出会いと別れが菊輔をまっとうな道へ引き戻したといえる。その後和佳子を忘れるかのように落語家として精進し、今の活躍につながった。
 和佳子は年を重ねてもあの頃の面影を残していた。一度決めたら曲げない意志の強さはその眼に今も残っていた。
 菊輔は二人を前に気後れしていた。あの新二郎の件に違いないと思ったからだ。
 菊輔の本名は新一といった。和佳子は別れたあと、新二郎を産み一人で育てていたが15年前に再婚した。再婚相手が萩原姓だったのだ。
「今更、認知などと言う気はありません。ただあの子が落語家になりたいと言い出しまして」
 和佳子は秋山に相談した。二人を会わせてみようと言ったのは秋山だった。
 まず会わせてしまえば、そこは親子だ。新二郎は菊輔に似ている。気づくに違いないと考えたのだ。だが上手くいかなかった。

 菊輔は気づかなかったばかりか不躾な新二郎を嫌い早々に追い返した。自分の子供であり和佳子が産んだ子だったのだ。一人で産み育ててくれた和佳子にも申し訳ないという気持ちが沸き上がった。

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