小説

『平成 牡丹燈籠』サクラギコウ(『怪談 牡丹燈籠』)

 萩原新三郎は三遊亭圓朝の名作「牡丹燈籠」にでてくる名前だ。平成生まれの萩原新二郎という若者に圓朝の名作「牡丹燈籠」を演じさせてみる。これは我ながら良い思い付きだと思った。自然に笑みがこぼれた。
 おそらく牡丹燈籠とはどんなものか、恋煩いで死んでしまうとはどういうことか、この若者には理解できないだろう。きちんと噺になるかどうかさえ疑わしいものだ。
 若者はその提案に納得したのか「わかりました」と言い、頭を軽く下げ立ち上がった。それから後ろをくるっと向いた。
 その後ろ姿を見て菊輔は腰を抜かさんばかりに驚いた。Tシャツの後ろに大きく「僕はあなたの息子です!」とプリントされていたからだ。

 若者が出て行った後、Tシャツの文字が気になってしかたがなかった。今では大人しくなったが20年前ごろまでは女遊びも派手だった。突然「あなたの子供です」と名乗り出る子がいてもあり得ないことではなかった。だが萩原という名の女に覚えはなかった。

 
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 新二郎はさっそく4歳年上の恋人ナナに報告した。菊輔の思惑に反して噺を覚えるのは自信があった。実家にあったCDのほとんどは落語だったからだ。小さなころから繰り返し母親が聴いていたので新二郎も自然に好きになった。
 ただ「牡丹燈籠」はまだ聞いたことはない。実家にも怪談ものは置いてなかった。さっそくCDと本を購入する。

 「怪談 牡丹燈籠」は代替わりで続く壮大な噺だった。旗本、飯島平左衛門の娘お露と萩原新三郎との恋はその一部だ。
 母親が死に父親が再婚したため、柳島の別荘へ移されたお露は萩原新三郎と恋に落ちる。悲劇の始まりだった。
 ナナが泣きそうな顔をしている。お露は親に捨てられて可哀そうだと言った。
 萩原新三郎って名前が新ちゃんと似ているとナナが言う。俺は新二郎、落語の方は新三郎だ。
 怪談話だと思っていたのがラブストーリー展開になっていく。新二郎とナナのテンションは上がっていった。だがこの頃からナナの様子が変わっていったのを新二郎は気づかなかった。

 逢いたくて逢いたくてたまらない日々が続くが新三郎とお露はなかなか逢えなかった。
 4月の満開の桜が散り始めたころ、新三郎は知合いの医者からお露が死んだと聞かされる。
「恋煩い、あんたにですよ。あんたに逢いたい逢いたいって言い暮らしてたんです」
 新三郎を恋い焦がれ病気になり亡くなったと聞き、突然ナナが泣き出した。可哀そう過ぎると言ってシクシクと泣き続けた。

 お盆の日、新三郎はお露を想って寝られずにいた。13日の月が真昼のように照らしている夜だった。そこに八つの鐘が鳴る。ボ~~ン。

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