小説

『そして誰もが生き返ってほしかった』洗い熊Q(『クックロビン』)

 今度は巧巳は立ち上がって、そこら中にスプレー剤を噴射しまくっていた。今度は爽やかフローラルの香り。消臭剤だ。

「ねぇ、ちょっと巧巳。さっきから何やってるのよ」
「いや、気になって……」
 座ったかと思った巧巳は、今度は隣にいた沙織に向かってボトル式消臭スプレー剤をシュッシュッと掛けていた。
「えっえっ? 何で私に掛けてるのよ!」
「……」
 巧巳は聞こえない振りして黙ったままだ。
「何だよ、俺達が臭うって言いたいのかよ!」と啓太が食って掛かった。
「いや、別に」と素っ気なく答える巧巳。
「まあ、正直に確かに先程から臭ってるんだよね……仕様が無いとは思ってるけど」と翔太は鼻を摘まみながら言った。
「だからって何でアンタまで嫌そうな顔してるのよ、巧巳」
「そうだ、みんな臭って当たり前じゃねぇか。だってゾンビだぞ? 腐った死体だぞ?」
 沙織と啓太が怒り気味で言っても、巧巳はツンとそっぽ向いて黙ったままだ。

 ああ、また始まったよ。
 巧巳の態度を見て翔太はそう思った。
 潔癖症だ、巧巳は。病的な綺麗好きでも、理由を聞けば理不尽な行動とは思えないだろうが。
 巧巳の場合は人間性に問題がある。
 それを汚物だと思うと徹底的に排除する。態度でも、精神的にもだ。
 人を人と思わない様な扱いをした事もある。それを何度も目の前で起こし、翔太が他人様に謝罪しまくった過去もあった。
 普段は穏やかな性格だが、その本性を現した時は正直いなくなって欲しいと思った事も事実だ。

 沙織がわなわなと怒りで肩を震わせながら、ぐっと堪えた感じて言い出した。
「……正直、可愛そうだから言わなかったけどさ。アンタが一番臭いんだよ」
「えっ?」
 夢にも思わなかったか沙織の言葉に巧巳は驚愕していた。
「ああ、俺も思ってた。お前、見ると体全体が酷く浮腫んでるよな。皮膚下が膿で一杯じゃね?」と啓太が巧巳の体をまじまじ見て言った。
「えっ? えっ?」
「それって中毒じゃないか? ほらガス中毒とかさ。えらく浮腫み上がって水死体よりもタチ悪いって聞いた事あるよ」と鼻を摘まみながら翔太が言う。
「えっ? えっ? えっ?」
 もうすっかり巧巳は涙目だ。だが浮腫みきった顔では不気味に笑っているように見えた。
 泣きながらシュッシュッと自分に消臭剤を掛けている。
「ねぇ掛け過ぎだって。幾らやっても意味ないわよ」
「でも、こいつが不用心にガス中毒で死ぬか? そう言う処は几帳面だったからな」
「なあ、巧巳。お前って一日に歯磨き何回してた?」
「えっ? なんで……」

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