どんどん、どんどん沈んでいく。
その時、何かが聞こえた気がした。
なんだろう……。
なにか気になる声のような感じがする。
「桃太郎!」
暗い闇の中に落ち込む僕の手を必死にくわえるポチがいた。
「思い出せ、桃太郎! 君の中にいる、お爺さんとお婆さんの顔を!」
お爺さん……。お婆さん……。
僕の目の前には、いつもお爺さんとお婆さんの笑顔があった。
さっき見た背中は疲れていた。
でも、僕に向けてくれる顔は……。
笑顔だ!
*
「全く世話が焼ける……」
文句を言うサトルが、僕の目の前にいた。
ポチは僕の手をくわえている。
ヒトミさんは、鬼の頭をつついていた。
みんなが僕を守ってくれていた。
僕が戻ってきたことが分かったのだろう。
ヒトミさんが鬼の頭をつつくのをやめて、僕の肩にとまっていた。
「まったく、とんだ邪魔が入ったものだ。だが、知っただろう。お前の中では大切かもしれないが、爺と婆はお前のせいでつらい目にあっていた。そんなつらい記憶を、取り戻すことが必要なことか?」
勝ち誇った鬼の顔。
確かにそうかもしれない。
でも、それは違うと断言できる。今の僕なら!
「鬼の頭、それもあなたの一方的なものだ!」
一瞬、鬼の顔に驚きの色が見えた。
「確かにお爺さんとお婆さんは村中から変な目で見られていた。村から追い出された分、ますます貧しくなったのかもしれない」
そうだ、たぶんそうなのだ。
だが、それだけじゃないと僕は知っている。
だから僕は宣言できる。ただその事実を厳かに!
「でも、それでも僕たち家族は笑顔で暮らしていた!」
確かに、僕はお爺さんとお婆さんの苦労を知ろうとしなかった。
確かに、僕はお爺さんとお婆さんの悲しみを知ろうとしなかった。
今までの僕は、ただの甘えた子供だった。
知ろうとしない子供だった。
でも、僕は知っている。
最初は知らなくても、知ることから始めたらいいことを。
最初は分かり合えなくても、一緒に居れば分かり合う機会が得られることを。
「お爺さんとお婆さんの苦しみや悲しみを知らなかった。知ろうとしなかった事は僕の間違いだ。でも、だからと言って、他人がそれを無くしていいわけがない! それを決めるのは、お爺さんとお婆さんだ。鬼の頭、あなたじゃない!」
もし、お爺さんとお婆さんがいらないというのなら、今の僕なら納得できる。
「返してもらうよ、二人の記憶」
そう、今の状況はそうじゃない。
お爺さんとお婆さんは奪われたんだ!
「鬼どもよ、知恵の管理者として一言言わせてもらう。人の負の感情をとるだけが人の幸せに繋がるものではない。それは、お主らの見解だ。お主が人に受けた恩を何らかの形で返したいのであれば、見守ることだ。介入すべきではない」
諭すように、サトルが鬼に語りかけている。
ヒトミさんはただ、鬼を見つめていた。
「人は悲しみと苦しみから、より多くの悲しみと苦しみを引き起こす。しかし、一方でまた、それを乗り越えていく力を持っている。取り去ることが全てではない。むしろ、それを分かち合う事こそが重要なのではないかと我らは考えている」
いつもの様子ではない雰囲気で、ポチが鬼に語りかけていた。