小説

『思い出のきびだんご』あきのななぐさ(『桃太郎』)

「海がない?」
 波の音は確かに聞こえる。
 昼には海であったところに、鬼ヶ島までの道ができていた。

「さあ、行くぞ。桃太郎」
 サトルが先頭を歩いていく。
 ずいぶん積極的になったものだ。

 ふと見ると、ポチの顔にもそう書いてあった。

「じゃあ行こう」
 目的地は、もう目の前だ。

 


 
 あっけないほど簡単に、僕らは鬼ヶ島にたどり着いた。鬼ヶ島には、鬼であふれているのかと思えば、そうではなかった。

 ほとんど鬼がいない……。

 それでも一応隠れながら、鬼ヶ島の中心部分にもぐりこむ。
 そこには館があり、しかも不似合いなほどに豪華だった。

 たぶんここに、鬼ヶ島で一番偉い人がいるのだろう。

 そう思っていると、屋敷の中から鬼たちが姿をあらわしてきた。

 松明が明かりをともしてくれている分、その姿を見るは簡単だった。
 ただ、恐ろしい形相を想像していただけに、その姿はかなり意外だった。

 たしかに、背は高く、肌も浅黒い。
 顔つきも確かにいかついけど、今見ている限り、それほどでもない。
 なにより、皆疲れきっている。

 様子を窺っていると、館の中からひときわ体の大きな鬼が出てきた。

「よし、今夜もいくか!」
 体の大きな鬼は、やる気を前面に押し出している。

「お頭、ちょっと勘弁してくださいよ。あれだけ喰ったら、当分いらないでしょ。というか戻したい気分でさ」
 近くにいた小さな鬼が、大きな鬼に不平を告げていた。

「いや、まだ足りぬ。人の世は悲しみと苦しみで満ちている。喰ってやらねば!」
 使命感に燃えているのか、お頭と呼ばれた鬼はまだやる気を見せていた。

「いやいや、でもね、お頭。喰ってるこっちが悲しくて苦しいでさ」
 それでも、小さな鬼は抵抗していた。

「仲間割れか?」

 思わずポチに話しかけてしまった。

 その途端、お頭と呼ばれていた鬼が僕の方を見て、何か引っ張るようにしたかと思うと、急に体が吸い寄せられた。

「小僧、何をこそこそしている」
 鬼の形相とはこのことを言うのだろう。

 確かに、この顔は怖い。

 でも、どちらにせよ対決しなければならない。
 早いか遅いかの違いだけだ。

「僕の名は桃太郎。お爺さんやお婆さんからとったものを返せ!」
 正々堂々と名乗りを上げる。

 それが、鬼の世界に入って、僕がここにいるという証になる。
 今まではのぞいていただけだ。

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