「海がない?」
波の音は確かに聞こえる。
昼には海であったところに、鬼ヶ島までの道ができていた。
「さあ、行くぞ。桃太郎」
サトルが先頭を歩いていく。
ずいぶん積極的になったものだ。
ふと見ると、ポチの顔にもそう書いてあった。
「じゃあ行こう」
目的地は、もう目の前だ。
*
あっけないほど簡単に、僕らは鬼ヶ島にたどり着いた。鬼ヶ島には、鬼であふれているのかと思えば、そうではなかった。
ほとんど鬼がいない……。
それでも一応隠れながら、鬼ヶ島の中心部分にもぐりこむ。
そこには館があり、しかも不似合いなほどに豪華だった。
たぶんここに、鬼ヶ島で一番偉い人がいるのだろう。
そう思っていると、屋敷の中から鬼たちが姿をあらわしてきた。
松明が明かりをともしてくれている分、その姿を見るは簡単だった。
ただ、恐ろしい形相を想像していただけに、その姿はかなり意外だった。
たしかに、背は高く、肌も浅黒い。
顔つきも確かにいかついけど、今見ている限り、それほどでもない。
なにより、皆疲れきっている。
様子を窺っていると、館の中からひときわ体の大きな鬼が出てきた。
「よし、今夜もいくか!」
体の大きな鬼は、やる気を前面に押し出している。
「お頭、ちょっと勘弁してくださいよ。あれだけ喰ったら、当分いらないでしょ。というか戻したい気分でさ」
近くにいた小さな鬼が、大きな鬼に不平を告げていた。
「いや、まだ足りぬ。人の世は悲しみと苦しみで満ちている。喰ってやらねば!」
使命感に燃えているのか、お頭と呼ばれた鬼はまだやる気を見せていた。
「いやいや、でもね、お頭。喰ってるこっちが悲しくて苦しいでさ」
それでも、小さな鬼は抵抗していた。
「仲間割れか?」
思わずポチに話しかけてしまった。
その途端、お頭と呼ばれていた鬼が僕の方を見て、何か引っ張るようにしたかと思うと、急に体が吸い寄せられた。
「小僧、何をこそこそしている」
鬼の形相とはこのことを言うのだろう。
確かに、この顔は怖い。
でも、どちらにせよ対決しなければならない。
早いか遅いかの違いだけだ。
「僕の名は桃太郎。お爺さんやお婆さんからとったものを返せ!」
正々堂々と名乗りを上げる。
それが、鬼の世界に入って、僕がここにいるという証になる。
今まではのぞいていただけだ。