小説

『誰』沢田萌(『河童』)

 「鏡に映るものは真実でしょうか? 目に映るものも真実でしょうか? あなたの目はどこについていますか?」
 「もちろん、顔だよ」
 「顔に目がついているのですから、あなたは自分の顔を、その目で見ることはできません。あなたは鏡に映るあなたしか見ることができません。ただ、鏡映るものが真実であるかどうかはわかりません。あなたの目に私はどのよう映っていますか?」
 「蝶……白い綺麗な蝶だよ」
 「私は自分が芋虫だと思っていました。醜い芋虫と蔑まれ、ずっと葉の影に隠れて生きてきました」
 「キミは芋虫から蝶にかわったんだ。美しい蝶に!」
 「そうだったんですね。でも醜い芋虫の私も、美しい蝶の私も、私には変わりないです。あなたが河童であろうと人間であろうと、あなたそのもの、あなたに変わりないのです。だから嘆き悲しむのはおやめください」
 蝶はそう言って窓の外へ飛んで行った。
 「待って」
 蝶は野に咲く花と蝶の中へ消えていった。
 僕は牢の窓から花と蝶を見つめながら考えた。さつき蝶が言っていた「河童であろうと人間あろうと僕に変わりないって」どうゆうことなんだ……。
 「おや、何か歌が聞こえる」
 緑の大地に咲く
 白い花
 美しいと
 風は歌い
 太陽が微笑み
 蝶が舞う
 大地に雪が降る
 白い花
 枯れて
 朽ち果て
 白い大地へ
 かえっていく
 春のおとずれ
 緑の大地に咲く
 白い花
 甦り
 巡る
 永遠に
 「ねぇ君たちが歌っているの?」
 僕がそう叫ぶと、野に咲く白い花たちが風もないのに一斉にサラサラと揺れた。

 

 窓から細い三日月が見える。
 空も大地も闇に覆われて不気味なほど静かだった。
 この世にたった一人取り残された気分だ。
 僕は鏡を覗き込む。そこには河童が映っていた。
 もしかしたら河童の言うとおり人間の記憶は妄想で僕は河童なのかもしれない。これが本当の僕。人間の僕は妄想……。
 いや、これは夢だ。
 だって河童なんているわけないし、蝶が話し掛けてきたり、花が歌ったり、それに僕が河童だなんてあり得ない。きっと僕は夢を見ているんだ。これはリアルな夢なんだ。
 「晩飯だ」

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