小説

『誰』沢田萌(『河童』)

 僕は思わず答えてしまった。
 河童の体の色が灰色に変わった。河童は驚いたり怒ったりすると体の色が変わる。そう妖怪図鑑に書いてあった。ヤバイ……。
 「胡瓜? 胡瓜で何を釣ろうとしているんです?」
 僕は黙ったまま河童を見つめた。すると河童は素早く僕の腕を掴んだ。その手には掻きがあってヌルッとして気持ち悪かった。
 リアルだ。
 これは夢なんかじゃない。
 「おーい、ここに居たぞ!」
 河童が大声で叫んだ。
 木の陰から三匹の体の大きい河童が現れた。
 「やっべぇ!」
 僕は慌てて逃げようとしたが、あっという間に河童に捕まってしまった。奴等は恐ろしく敏速だった。
 「おい、やめろ!」
 僕に話し掛けてきた河童が白い布で僕の口と鼻を塞いだ。プールの塩素みたいな臭いがして意識が遠くなっていった。

 

 気がついたら牢の中だった。
 まだ頭がぼんやりしている。きっと眠くなる薬を嗅がされたのだろう。牢は鉄格子が嵌められて洗面所とトイレがあった。
 小窓から陽光が差し込んでいた。
 僕を捕らえてどうするつもりだ。牢に閉じ込めて生態観察か、それとも体を切り刻んで解剖するつもりなのか。河童め何を企んでいるんだ……。
 「気がついたかね?」
 河童がやって来た。
 僕に話し掛けてきたあの河童だった。白衣を着て生意気に眼鏡なんか掛けている。
 「ここから出せ! 人間を生け捕りにしてどうするつもりだ? 早くここから出せ」
 僕は鉄格子を握りしめて叫んだ。
 「人間だと?」
 河童が笑い出した。
 「何がおかしい!」
 河童が鉄格子の間から僕に鏡を差し出した。
 「これで己を見るがいい」
 僕は河童から鏡を受け取って鏡を覗き込んだ。
 「えっ?」
 そこには河童が映っていた。
 これが僕?気を失っている間に河童にされてしまったのか、それとも鏡に何か細工してあるのか……。
 「496番! おまえは人間じゃない。河童だ」

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