小説

『RYUGU嬢』村田謙一郎(『浦島太郎』)

 と、中から白い煙がモクモクと上がり、私の顔を覆った。
「うわっ」思わず声を上げ、箱から手を離す。箱は床に落ちて転がり、個室の隅で止まった。煙はあっという間に消え、個室の中は静寂に包まれた。何が起こったのかわからぬまま、恐る恐る箱を手にし、中を見た。空っぽだ。

 混乱を抱えたまま席に戻ると、視線を感じる。顔を上げると、前の席の後輩が、ポカンと口を開けて私を見ている。
「え、何?」
「いや……なんか三浦さん、感じ変わったなって」
「ああ、今、顔洗ってきたから」
「そういうんじゃなくて、髪とか、あと顔も……なんか老けたっていうか」
「はあ?」意味がわからず、私は首を傾けた。
そこへ、「おい三浦!」と、課長のお呼びがかかる。立ち上がり、急いで課長の席へと向かった。
「この資料、今日中にまとめとけ。遅刻の分、働いてもらうからな」 
「わかりました」
 すると、課長もまた変なものを見るかのような目を私に向けている。
「三浦……おまえ、大丈夫か?」
「え、課長まで……」
 何なんだ一体……。私は一礼すると、オフィスのドアを開けた。

再びトイレに入り、鏡を見た瞬間、驚きで私は固まった。髪には、かなりの白髪が混ざり、目尻や口元には、以前にはなかったシワができている。呆然と己の顔を見つめていた私は、トイレを出て駆け出した。
玄関を出て、駅までの道を走る。この異常事態の要因は、どうみてもあの箱にある。すると解決の方法は、もう一度、乙姫に会って聞くしかない。

 ラーメン屋へと続く通りが見えてきた。角を曲がり、まっすぐに。店の前を通り過ぎ、さらに走る。やがて、今朝、目を覚ましたビルが視界に入った。
立ち止まる。ビルの隣には時間貸しの駐車場。しかし、見渡してもキャバクラらしき建物はやはりない。さらに走って周囲を回ったが結果は同じだった。
 途方にくれたまま、社へ戻ろうと歩き出した瞬間、背後で「ニャー」という鳴き声が聞こえた。慌てて振り返ると、あの白猫がじっと私を見ている。驚いて駆け寄ろうとすると、猫は跳ねるように走り出す。
「ちょっと、待って!」
 追いかけるが、距離は縮まらない。すると次第に周囲が暗くなり、猫の姿は見えなくなった。闇が私を包み込む。
と、前方に光が見える。歩いて行くと、それはピンクの照明に姿を変えた。
看板には『RYUGU』。ここはいったいどこなんだ?……もう疑問を抱いていても仕方ない。私はドアに手をかけた。

店内は前回と同様、客とキャバ嬢で賑わいをみせている。勝手がわからず、キョロキョロと首を振っていると、いつの間にか、真っ白なドレス姿の乙姫が目の前に立ち、微笑んでいた。

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