「三浦、おまえ、連絡もせずに何を堂々と遅刻してきてんだ」
黙って頭を下げる。
「それに何だ、そのきたねえツラと頭は、とっとと直してこい!」
トイレで鏡を見ると、髪は寝グセがついて逆立ち、顔は脂でテカっている。しかし、私の気持ちは再び、昨夜の記憶の肯定へと傾いた。唇に口紅の跡がはっきり残っている……。
顔を洗い、ハンカチを取ろうと上着のポケットに手を入れると、何かに触れた。取り出すと、リボンがかけられた小さな白い箱。不思議な思いで、じっと箱を見ていた私の脳裏に、乙姫の声が蘇ってきた……
「……三浦さん」。
カーテン越しに朝の日差しが差し込む中、上着をはおっていた私が振り返ると、シーツで胸を隠した乙姫がこちらを見ている。
「ありがとうございました。昨晩は私にとって最高の時間でした」
彼女の頬がやや上気している。
「いや……こっちも」もしかすると、彼女以上にのぼせていたかもしれない。
「ご恩はずっと忘れません」
「そんな大げさな……」
「これは私からのプレゼントです」
と言って、乙姫はシーツを手にしたまま、ベッドの上に体を起こし、そして、赤いリボンのかかった小箱を差し出した。
「でも、これは開けないでください。開けたら三浦さんにとって、良くないことが起こってしまいます。だから、私との思い出の品として持っていてもらえたら、うれしいです」
「もう乙姫ちゃんとは、会えないの?」
彼女がゆっくりとうなずく。
「やだよ、そんなの」
子供のような口調で、私は乙姫の方へと身を乗り出す。
「携帯番号教えてよ。あ、メアドは? ラインは? 名刺ちょうだい、キャバ嬢だったら持ってるでしょ」
「……どうしても私に会いたくなったら、その時は、これを開けてください」
「これ何?」と聞くが、乙姫は答えない。私は箱を受け取り、上着のポケットに入れた。その瞬間、視界が曇り、やがて暗転した……
……やっぱりそうだ。小箱の存在は、トレイの鏡の前で佇む私のあいまいな記憶を、確信に変えた。
個室に入り、鍵をかける。そして、小箱のリボンにそっと手をかける。
「これは開けないでください……」乙姫の言葉が頭をよぎったが、私の手は止まらなかった。リボンを外し、箱のフタをゆっくりと持ち上げる。