小説

『フライドポテトを食べたらさ』義若ユウスケ(『ピーター・パン』)

 結婚初夜のこと。
「パンプキンプリプリベーコン。それが私の名前よ」と、思いついたように彼女はいった。
 ぼくは黙ってきいていた。
「パンプキンプリプリベーコン……ずっと内緒にしてたけど、私の名前はパンプキンプリプリベーコンなのよ」妻は何度もくりかえした。英語でもいった。「アイアムパンプキンプリプリベーコン…」
 ユートゥー?
 と彼女がきくので、ノーアイドントとぼくはこたえた。
 ぼくはあたたかいコーヒーを彼女にいれてやった。彼女にはその必要があるように思えた。
「ありがとう」といって彼女はマグカップを受けとり、一口のんで、「あついわ!」とどなった。「こんなにあついもん飲めるかあ!」といって妻はマグカップを壁になげつけた。
 ぼくのお気に入りのマグカップが砕け散った。
 ぼくはため息をついて、妻をぶん殴った。
 右ストレートで一発KOだ。
 床にころがった妻の腹をぼくは何度も何度も蹴りつけた。
 ぐわあ、といって彼女はサファイア色の血をはいた。
 床一面が真っ青だ。
「この青虫があ!」とぼくは怒鳴った。
 まったく、やってられない夜だった。

 
 ぼくはよく妻を殴った。
 暴力衝動。
ぼくはそいつとしっかり向き合う必要があった。
 でもダメだった。ダメダメだった。いつまでもぼくはダメダメスーパーハードパンチャーだった。
妻はいつも、「いいのよ。あなた、いいのよ」といって笑って許してくれたけど、その笑顔は決まって血まみれでグロテスクでキモくてオエーって感じだった。
「君を愛しているよ」とぼくは隙さえあれば妻の耳もとでささやいた。「めっちゃくちゃ愛してるんだ。もうそれはハチャメチャに愛しているんだ。それなのに!」
 それなのに、どうしてちゃんと愛してあげられないのだろう?
 どうしてぼくは、大切なものをちゃんと大切にすることができないのだろう?

 
 月日は流れていった。
 ある冬の夜のこと。
「ねえ、みて」と妻がいった。細長い指が、窓の外の空を指していた。
 ぼくはみあげた。
 空から白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白。雪だった。
「わあ、雪だね」とぼくはいった。

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