小説

『とある少女の物語』御厨明(『不思議の国のアリス』)

遂にアリスは、白兎に追いつきました。その小さな体を抱きしめると、白兎は慌てたような声をあげました。
「…びっくりした…何するんだよ、危ないじゃないか!いきなり!」
「やったわ。今度こそ捕まえられたわ。前は逃げられっぱなしだったけれど。…お久しぶり。驚いたでしょ?私、あれから随分足が早くなったのよ?ほら、前より背だって伸びてるでしょ?」
そう聞くと、白兎は不思議そうに首を傾げます。
「何を言ってるのか、さっぱり解らないな。お姉さん、僕と何処かで会った?」
「まぁ。相変わらずひどいのね。あの時も全然知らない人と間違えて私に石を投げつけたり、やったこともない罪で人を有罪にしたり。本当にひどい兎だわ」
「兎?兎なんて、どこにいるのさ?」
「惚けちゃって。もう忘れちゃったの?本当にこの世界の人って、みんなおかしいのね」
アリスは呆れて言いました。
「離してよ。僕急いでいるんだから!早くしないと、叱られちゃう!」
「あっ!」
白兎はそう言うと、ひょいとアリスの腕を抜け出し、走りだしました。
「ちょっと待って!…待ってってば!」
アリスは再び白兎を追いかけましたが、今度は間もなく見失ってしまいました。
「まったくどこに行っちゃったのかしら。見失っちゃった。…それにしても、ここはどこかしら?さっきまで知っている建物の中だと思っていたのに…。いつの間にかよく解らない道へ来ちゃった。兎はいないし…他には何も。…あ!」
辺りを見渡していたアリスは、ある物を見つけました。
それは、前に不思議の国へ行った時に見つけた穴でした。
「ふふっ。いいわ。どうせ白兎はこの穴に入ったに決まっているもの。また私も落ちればいいだけの話。…よいしょ」
アリスが穴へ足を踏み込もうとした、その時。
「お待ち御嬢さん」
「え?」
突然、頭上から不気味な声がしました。
「この声…。誰?誰なの?」
声の主を探して辺りを見渡しましたが、何処にも姿はありません。
「誰かだって?解らないのかい?」
「だって声しか聞こえないもの」
「そりゃあそうさ。だってお前が、そうしているんだから」
「何を言って…。あら、あれって」
アリスが見つけたのは、とても大きな樹でした。
どうやら、声はの上からするようでした。アリスは樹に近寄って、上の方を見上げます。するとそこには、奇妙な模様の、大きな口の猫がいました。

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