小説

『拡散する希望』渋澤怜(『灰かぶり』)

 さっきから、インスタスポットを訪れて女子二人がスマホを持ち出すたび、私が荷物を持つ役になってる。
だって私は主人公じゃないから。誰もが主人公になりたがるこのランドで、「あえて」「逆に」ザンスしか選べない。
「さっきから横田さんにばっか荷物持たせて悪いよ」
「いいでザンス、うちは見とれてるざんすから。あと、そこでポップコーン買ってくるザンス」
 彼女たちはお互いをゆるやかに褒め合いながら同じ場所で何枚も写真を撮り、ソロでとり、ツーショで撮り、そして吟味する。
 彼女らはかわいいけど、画面の中の彼女らの方が数段かわいい。私はツイッターしかやってないからよく分からないけれど、写真加工の力だろうか。スマホの中を覗き込みたいような、こみたくないような。しびしびと腕がしびれる。グリムキャットの岡本さんはTOEICの勉強に余念が無くカバンには重い参考書が入っている。
 欲しくもないポップコーンを、しかしこれも仮装だと思って一番大きいのを買った。ザンスは食い意地の張ったキャラなのだ。しかしこのポップコーン、二リットルくらいあるんじゃないか。バカでかくて、下を向いても地面が見えない。ストラップを下げたが首が痛い。
「ポップコーンがこっち歩いてきた!! のかと思った!!」
 インスタスポットに戻るとクイーンビーこと冴木さんがきゃいきゃい笑った。
「ごめんね~待たせて。ここ可愛いから絶対撮りたくて」
「全然~」
 彼女らだって、お姫様のコスチュームを選んでいないこそすれ、主人公になりたがっている。だから行動する。インスタもそう。現代のお姫様は待っててもなれない。でも自分からなることができる。まずは画面の中からだ。
「真野ちゃんも来ればよかったのにね」
「ね」
 私達は女子大の語学のクラスが同じで、数週間にわたって準備した4人チームのグループ発表が終わったから軽く打ち上げでも、という話が大きくなり、今週末グリムランドに行こう、仮装期間中だし、となった。話がナチュラルにまとまりすぎて断るタイミングを逃してしまった。しかも、同じく地味目女子の真野ちゃんがドタキャンをキメたため慌てた。さっきから二人一組のアトラクションに乗るたびいちいち気を使う(大体私が「今日の私カサばるから!」と言ってだぶついた着ぐるみの生地を広げ、一人席に座る)。
 でも、まあ、ドタキャンをキメた真野ちゃんの気持ちも分かる。ここはキラキラ過ぎる。破片が目に刺さってケガをする。
「あーあ、私も横田さんみたいな着ぐるみにすればよかったなー」
 岡本さんが突如のたまうから
「何で?!」
 変な太い声が出てしまう。

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