小説

『帰郷行旅』@のぼ(『銀河鉄道の夜』)

 まずは勤務先に電話したがこんな日に限って上司でもある課長は帰社した後で少し躊躇ったけど課長の携帯に電話をしたら六回目のコールが終わっても繋がらなかったので切ろうとした時に電話に出た彼はまだ自宅ではなかったらしくて少なくとも声は余所行きでは無かったけれども私は出来るだけ事務的な口調で事の次第と明日の有給休暇を願い出た。
 そう、、、そうなの、、、大変だね、、、と答える課長の口調には「君のお父さんが先週倒れた事を知らされていなかった事は少し心外だよ」というような軽い不満が滲み出ていたけどそれでも最後は父の容態やらなんやらに関する上司的思いやりを込めた気遣いの言葉を言ってくれた後にさらなる気遣いなのか今度は無色透明な間を残してくれたけど私は「夜分失礼いたしました。課長」とだけ告げ通話を切った。
 ついでに「だからさようなら」と言うべきだったのだろうか。
 代わりにあの時は通話終了を告げる信号音が聞こえて来たのを待って「ケ・セラ・セラよ」と呟いた。
 何故だかそれで決心がついた。
 こんな時なのに。
 考えると「ケ・セラ・セラ」は母が歌ってくれた子守唄の中の私の一番のお気に入りだった。でもやがて母の歌う「ケ・セラ・セラ」は何処かやるせない感じが徐々につよくなっていった。それは中々上手く行かない牧場経営の為だったのかもしれないけど。
 もういい。終わったんだ。他の事と同じでもうどうでもよい事だ。おそらく多分。
 あれ?
 今、聞こえた。
 確かに何かが聞こえた。 
 目はきつく閉じたまま私は自分の頭の中に「誰なの?」と問いかける。くぐもったジェットエンジンの音と機内空調のしゅしゅしゅという音の他に何かが聞こえた。
 あ。
 今、それが何か分かった。
 それは“コホンッ”という誰かの咳払いだった。
 私はゆっくりと目を開く。
 窓の外に視線を向ける。
 雲海はいつしか浅葱色だ。
 凄いスピードで流れてゆく。
 周囲を見回す。
 此処が飛行機の内では無い事はすぐに分かった。
 さっきまで座っていた清潔この上ないレカロのシートはくたびれた茜色の布で覆われた座席に変わっていた。
 それは遥か昔に見た記憶がある古い列車の座席で今確かに私はそこに座っている。
「目が覚めた?」対面の席には鈴ちゃんが座っていた。

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