小説

『Re:桃太郎』津田康記【「20」にまつわる物語】(『桃太郎』)

 情報を整理したところによると、この学園で過ごす1年間という期間で、学園一の鬼『酒呑童子(シュテン・ドーコ)』のハートを射止めることが桃太郎としての役目だった。初めての学園ラブコメの世界に迷い込んだ桃太郎は戸惑った。
「どうすれば良いのだ?退治することばかりで、恋などしたことがないぞ」
 だが、幸いにも桃太郎には悪友たちがいた。もちろんイヌ太、サル夫、キジ子である。イヌ太とサル夫は動物と人間のハーフのような姿、いわゆる獣人だった。
 イヌ太は攻略対象になる鬼が桃太郎をどう思っているか教えてくれ、サル夫は桃太郎のステイタスをアップする練習メニューを用意してくれた。キジ子は完全に人間の女の子であり、眼鏡っ娘で眼鏡を外すと美人で、幼馴染であり、毎朝飽きずに桃太郎を迎えにきてくれて……これも攻略対象だった。
 シュテン・ドーコは学園一の美女で、フランス鬼と日本鬼のハーフで、気品もあり、性格も良くて、スタイルもよくて、スポーツ万能で、むちゃくちゃ攻略難度が高かった。くじけず桃太郎は恋という新たな敵に立ち向かったが、途中でキジとの恋に落ちたり、ステイタスが低かったためにドーコへの告白に失敗したりと、ここで6週ぐらいする羽目になってしまった。
「あなたのことが好きです!付き合ってください!」全ステイタスMAX桃太郎の告白に、ドーコはキラキラと目を輝かせながら、こくりと頷く。ようやくハッピーエンドにたどり着き、口づけをかわそうとした刹那、桃太郎は再び桃の中に閉じ込められた。
 ラブコメが終わってからも私立探偵・桃太郎による洋館ミステリー、鬼を退治するまでを追ったドキュメンタリー、鬼ヶ島へスパイとして潜入した桃太郎、ラップで優勝を目指す桃太郎と鬼たちのバトルもの、巨大化した鬼にロボットに乗って戦う桃太郎、桃太郎とライバル高校の鬼が野球で戦うスポ根もの、コーラのCM、鉄道会社の社長になり経営に乗り出すなどあらゆるジャンルに挑戦していった。
 どれも刺激的で中には意味不明なものもあったが、桃太郎は概ね楽しんでいた。
「本当に色んな経験をさせてもらったな」
 現在の桃太郎が桃の中で、ニコリと笑いながら漏らす。
  いつの間にか川に流されている感覚はなくなり、ドスッとどこかに降ろされたのを感じる。やがて、桃が切られる音とともに光が差し込んできた。
「今度はどんな世界に巻き込まれるのやら」
 次がどんな冒険であろうとも、どんなに形を変えようとも。
 それは桃太郎という存在が人々に愛され続けいるからではなかろうか?と妙な確信を持ちながら、桃太郎は20回目の大きな産声をあげるのだった。

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