小説

『花嫁の便り』倉田陸海【「20」にまつわる物語】

「本当に結ばれたいならこんなことしちゃ駄目だったんだ。将来の君も、僕も。もっと足掻いて、足掻けばいい。少なくともボロボロの十円玉二枚を過去に送って僕たちにお見合いみたいなことさせて、未来を変革させるように頼むなんてことは絶対に間違っている」
「でも、彼らは私たち自身です」
「違うよ、だって今の僕たちはお互いのことを異性として好きだとは考えていない。それに、僕は君のことをなにも知らないし、君も僕のことはなにも知らない」
 明かりの下にいる彼女の瞳が、微かに揺れた。言ってから、あまりに言い過ぎてしまったと僕は思った。目の前にいる彼女が悪い訳ではないのに。でもそれが事実だった。彼女は海にいた時みたいに俯いて、じっと自分の影を見ていた。僕も彼女もなにも言わないまま数分が過ぎた。彼女は僕じゃない別の人と恋をして婚約者から逃げればいいのだ。未来の彼女が最愛の人と結ばれなかった最大の原因は、最愛の人に僕を選んでしまったことである。
「帰ろう」と僕は言った。帰って寝て、そして今日の事はすっかり忘れた方が良い。しかし彼女はなんの反応も示さなかった。どうしようかと僕が悩んでいると、彼女は急に顔を上げ、冷え切った小さな両手を伸ばし、僕の手を掴んできた。
「私、確かにあなたの事を知りません。だって会ったばかりだし。でも、これだけは知っています。あなたは私を助けるつもりであそこに来てくれた人で、そして女の人の身体で一番好きなのはふくらはぎっていう、ちょっとマニアックな人です」
「ちょっと待って、何で知ってるんだ」
あまりの不意打ちに僕は驚きをまるで隠せなかったし、誤魔化すことも出来なかった。そのことを知っているのは僕と未来の彼女だけのはずだ。混乱する僕を他所に、彼女は両手にさらに力を込めた。そして最初に海で会った時と同じように、呆れたと言わんばかりに眉を下げていた。
「私が電話をした相手はあなたですよ」
 全くの盲点だった。どうやら未来の僕は、自分の弱みを知らせてまで彼女と結婚したいようだった。
「あなたには今から私のことを知ってもらいます」と彼女が言った。あまりの勢いに、やはり僕は頷くしかなかった。
「まず、私は誰かれ構わず簡単に惚れはしません。伴侶となる相手はきちんと見極めます。自慢じゃありませんが、私くらいの容姿だと好まずとも男は寄ってきます。でも交際経験は一度もありません。許嫁という存在がいたからというのもありますけど。そんな中でわたしが好きになったあなたに、私はとても興味があります。今ここにいる私が、目の前にいるあなたに興味があるんです。それを否定することはあなたにだって出来ません。ていうか、させません」
 僕が口を挟む隙は一切なかった。そこまで言われると、僕にはもうどうしようもできなかった。目の前にいる女の子のはっきりとした力強い話し方は、何度聞いても電話の彼女と同じだった。
「分かったよ。でも、いきなり交際とかは無理だ」
「馬鹿じゃないんですか」と彼女は言った。それから小さな両手をぱっと離して、僕の手を握るのを止めた。
「そんなの当たり前です。ちょっとずつでいいんです」

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