小説

『大人になったら終わりだよ』藤野【「20」にまつわる物語】

「ダメだよ。どこか未完成のままの自由な大人になったときに男はみんな彼女に夢中になる。・・・大丈夫?」
 彼女は何も言わずに少しだけ顔を上げて窓の方を見ると、かすかな雨の音を聞くように耳を傾けて目を閉じた。
 印象的なエンディングテーマが静かに流れはじめると彼女はようやく目を開けて僕を見た。僕という存在を初めて認識したかのようにまっすぐと。
「私が大人になっても」
 彼女の黒い大きな瞳の中が赤黒く輝き、ぼんやりとした白い影が浮かぶ。
「私のことずっと見ていてくれますか?」
「・・・当たり前だよ」
 その瞬間には僕は恋人のことも何もかも忘れていた。
 柔らかくひんやりとした彼女の唇を感じたとき、彼女の瞳に映った白い影がにやりと笑ったように見えた。でも、もう何も考えられなかった。
 そして、彼女は弾けるように微笑んだ。

 
 私が20歳の誕生日を迎えたその朝はどこまででも伸び上がることができそうに透き通った青い空が広がっていた。恋人が最後に残したメモをもう一度見返す。あの人は私を迎えに来るつもりだったのだろうか。それとも私があの人を追いかけると信じていたのだろうか。
 どちらにしても、もうどうでもいいことだった。メモをくしゃりと握って投げ捨てた。
 恋人の呪いは確かに私の中に残っていて、私の一部はもう決してそこから逃れられず成熟することを拒否したままこのまま生きていくだろう。壊れた欠片をかかえたまま未完成のまま生きていくことは許されていないとずっと思い込んでいた。でも昨日、未完成のまま大人になることで進める道があることに気づかされた。
 澄んだ青い空に向かって思い切り体を伸ばす。正門脇の購買部の前では誰もが楽しそうに笑いあっている。中庭の芝生は昨日の雨で生まれ変わったように鮮やかに輝いていた。すべてが昨日よりも生き生きと親しげに見える中で、正門脇のポスターだけがみすぼらしく垂れ下がっていた。汚らしく誰にも見向きされないものとなったポスターを、1人の学生が一生懸命に貼り直そうとしていた。どことなく見覚えのあるその女性が振り向いて、目があった時にスマフォにメッセージが届いた。不躾なほど親しげなメッセージ。メッセージを消すとともに送信相手も友人リストから削除する。彼にはもう用はない。そういえばと思い出して、鞄を探ると、高揚感からつい彼から受け取ってしまったハート型のストラップが出てきた。記念として取っておくにしてもあまりに無粋なデザインだった。
「それ・・・」

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