小説

『大人になったら終わりだよ』藤野【「20」にまつわる物語】

 ほんのわずかの間、何かを思い出すようにぼんやりとした表情をしてから、いいんです、とかすかな声で呟くと、小さく首を振って彼女はにこりと微笑んだ。
「映画、一緒に見てくれますよね」
 彼女が教えてくれた過去の話を聞いたあとで「禁じられた遊び」を見るのは気が進まなかった。でも、DVDだけを貸して彼女を外に出すというのはもっと怖かった。イギリスの古典的ゴーストストーリーの登場人物たちのように理不尽にこの世界から彼女が消えてしまうような気がした。
「いいけど。君が思っているような話じゃないかもしれないよ」
 僕にできるのはただ画面に映し出されたモノクロの映像を見つめる彼女の隣にいることだけだった。落ち着かない気分で見始めたものの次第に僕自身も映画に引き込まれていった。
 画面の中で少年が必死で少女のために働いている。都会から来た少女はすぐに少年を虜にしてしまう。涙に潤んだ瞳で頼まれるままに少年は少女のためだけに動き続ける。純愛のように描かれているのかもしれないけど、僕にはそうは見えない。だけど、それがたまらなく、良い。
「この女の子が大人になったらもっとすごいだろうな」
 ポロリと漏らした感想に、彼女が興味深気にふりかえる。
「美人になるっていうことですか?」
「まあ、それもあるけど」
 僕の勝手な想像だよ、と言うと彼女はこくりとうなずいて、それでも教えて欲しいと続きをうながした。
「あぁいう、男が何かしてあげたくなるタイプは一番こわいんだ」
 大人たちに叱られようが殴られようが少年は彼女の願いを叶えるために奮闘する。子供であれば純粋で真摯な行動に見える。でも。
「大人になった彼女にもし出会ったら、あの男の子はどうなるんだろうといつも考えるんだ」
 画面に少女の泣き顔が映し出される。少女の表情とともに揺れ動く影が、いつの間にか薄暗くなった部屋で白い顔を僕に向ける彼女の表情を覆う。
「きっとまた彼女の願いを叶えるために必死になるよ。でも、子供と違って、叱られることも禁じられることもなければやめる言い訳すらできない。死ぬよりずっと辛いんじゃないかな。でも、きっと大人になったあの女の子はそれを当然のものとして享受するんだ」
「大人にならないとダメ?」
 彼女の声が少しかすれていた。

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