その時、窓の外から鈍い音が響いた。同時に聞いたことのない数の悲鳴が上がる。
風で舞い上がるカーテンを避けながら窓辺に近寄る。校庭の向こうから半円状に大勢の生徒がこちらの校舎を見ている。泣き崩れる女生徒に何人かの先生が駆け寄って行く。
「見るな!」
叫ばれた大声につられて真下に目を落とす。
目に入ったのは赤く染まった白衣。2階の窓から見た景色がどれだけ客観性を持っているのかはわからないが、横たわる人物がうっすらと目を開け、幸福そうにも見える表情に口をゆがめているように見えた。
駆けつけた先生たちから必死に名前を呼びかけられているのは担任の美術教師だった。
そして、私の恋人だった人。
窓辺から離れた私は、堪えられない吐き気から逃れるように床に伏した。昨日の恋人との会話が蘇る。体の奥底にある器官が昨夜の記憶を呼び起こして疼きだす。風が頬をなでた。「大人になったら終わりだよ」恋人にそう呟かれた気がした。彼の呪いの言葉が体の中からじんわりと私の中に広がっていった。
僕が彼女に出会ったのは大学の新歓の季節だった。付き合っていた恋人に頼まれて映画サークルの受付でぼんやりとしていた時に彼女がやってきた。新入生とは思えないほど落ち着いた美しさを持っていた。
その時に素直に彼女の落ち着いた雰囲気を褒めた記憶がある。
彼女はにこりと微笑んで答えた。
「晩年を過ごしていますから」
その時の彼女の目が忘れられない。大きな瞳が細くなり、その黒い輝きの中で赤黒いものが流れるように動いて見えた。
彼女と再会したのは、それから2ヶ月たった雨の日だった。
灰色の校舎を出ると糸のような雨が辺りを黒く染めていた。避けようもなく雨水に浸った道を、修行だと思って歩いていた。まだ夕方にもならない時間だというのに、購買部から漏れる明かりだけが人がいる気配を感じさせた。
まるで絵画のようだと思ったのは、正門の脇に彼女の姿を見つけた時だった。貼られたポスターを傘もささずに無表情に見つめる姿はポール・デルヴォーの絵のように静かな奇妙さがただよっていた。
とても綺麗だった。
つい目を離すことができずにぼんやりと眺めていたら、振り向いた彼女と目があった。
「大丈夫?」
思わず口をついていた。彼女のことを心配したというよりはただ自分のために発した言葉だった。彼女は雨に濡れることを不快とも思っていないように見えた。その姿がまぼろしのように思えて、このまま数歩進んで振り向いたら雨に消えているんじゃないかという自分の妄想をかき消したかった。
「はい」