小説

『また、20時。』柿沼雅美【「20」にまつわる物語】

「桜が咲いたら、8時頃に待ち合わせしてさっ、はぁ」
 走りきって膝に手を当てる舞に佳奈が追いつく。
「ライトアップだから20時の8時だね」
 佳奈が言い、私が2人に追いついた。
「そう、桜が咲いたら、20時にね」
 へろんへろんな私に2人が、なにしてんのうちらウケるね、と笑った。

 
「早く来てたんですか?」
 そう言いながら加藤美奈が隣に座った。
「今日は仕事を早く切り上げてきたからね」
 僕が言うのを聞いて彼女は座ったまま後ろを振り向き、店員に、サクラネーブルで、と期間限定のカクテルの名前を告げた。僕はジンのグラスを傾けて、中身が照明に光るのを見ていた。
「ここすごく良い席ですね、カウンターで、桜並木が見渡せるなんて。しかもライトアップ。デートかと思いました」
 そう言う彼女に、まさか、とすぐに返す。
「まさか、僕みたいなオヤジが誘えるわけないだろ」
「そのまさか、かと思ったのに、娘が友達と歩く姿が見たいから、なんて理由で呼び出されるとは、それこそまさかでした」
運ばれてきたカクテルを受け取り、彼女はちびっと口をつけて、おいしい! と目を見開いた。
「それはよかった」
「でも、ここにいる人たちほとんどデートだと思いますよ、さすがに」
「悪いね」
「いいえ。それでもいいと思ってきてるので」
 彼女に僕が、え?と言うと、それについてなのか彼女も、え?と言った。
「ただの仕事関係なのに付き合ってもらって悪いね。だけどやっぱりこういうところに一人で来るのもなんだかね」
「あぁ、奥さんとはもう来れませんよね」
 こんなことをスラスラ言うなんて仕事中には考えられない、と思ったが、女というのは切り替えが早いのだ、と思うと少し笑えた。
「まぁね。まぁ、そういうことだ。娘が今日20時に待ち合わせてるっていうもんだから心配になって、誰とどこでって聞いたら、友達と最後に通学路の桜のライトアップを見るって言うから、どうしてもその姿を見たくてね」
「こっそりですか?」

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