小説

『また、20時。』柿沼雅美【「20」にまつわる物語】

「そっかー、桜っていつ?月末くらい?」
「それくらいだった気がする」
 そんなことを言いながら、舞と佳奈と歩いた。右にも左にもマンションが建っていて、ぬうように並木道がのびている。
 私がスマホを構えると自然2人がフレームインする。ストーリーにアップするよと言うと2人がリズムを撮るように顔を縦横に揺らして変顔をする。そのあと一番かわいいと思う顔をみんなでする。いつもと同じ撮り方だけど、背景には、まっすぐの並木道が伸びている。
「これから新しい道を歩いていきまーす!」
 舞のスマホが向けられ、私たちは反射的にポーズを撮った。
「まっすぐ歩いていきますよー」
「全力で坂走るやつみたい」
「それいいじゃん、走ろう走ろう!」
「じゃあ私撮るから舞と佳奈こっから全力でけやきダッシュね」
 私がスマホを両手で持って立ち止まると、舞が、それだめーと言う。
「みんなでみんな撮りながら一緒に走るんだよ」
「えーうまくいくかなー」
 佳奈が言うと、うまくいかなくてもいいかも、と思わず返した。
 よし、と3人で並んでスマホを胸の前で構えたり誰かの背中を撮ったりしながら、よーいどん!で走り出した。
 走りながら、そうだ、私、舞と佳奈よりだいぶ足遅かった、と気づいた。2人は少しずつ私よりも一歩先、二歩先、を走っていく。
 スマホには、佳奈と舞のローファーの底と巻き上がるスカートと今にも落ちそうなバッグを揺れながら映し出した。佳奈が走りながら振り返って私を撮っている。
 こんな光景を見たことがある、と思った。そうだ、好きなアイドルグループのミュージックビデオだ。華奢でかわいいのに、30%は社会への疑問と大人への抵抗で出来ている気がして好きだ。
「ねぇ、桜が咲いたら夜ライトアップされるはずだからまた来ようよー」
 スピードを落として舞が振り向いて大声で言う。
「いいねー」
 佳奈も大声で走りながら言う。私は後ろから、いいよー、と返す。冬は青と白に染められていた木々が、桜色になる。人工的な色じゃなくて、花びらの色に光が透ける季節の夜を早く見たいと思った。
 ハァハァ息をきらしながら、二人の背中から並木にスマホを動かして映すと、緑色の木が台風のときみたいにブレた。なんとなく、なんとなくだけど、きっとこんなふうに3人でいられるのは最後のような気がした。制服だけじゃなくて、毎日一緒に過ごして同じものを見て同じ時間に同じ気持ちでいられるのはもうあまりない気がした。
 アイドルの歌で聞いたみたいに、1本の木から色づいて街になじんでいくみたいに、私たちも少しずつ変わっていくんだと思った。いつか枯れると分かっていても私たちは色づいてしまうんだ。

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