おもむろに起き上がって頬杖をついた彼を見た瞬間、自分の体のすべての血が一度、大きくドンと波打ったのを感じた。彼の透き通るような白い肌にかかる、束になった前髪。風が吹いて、その前髪がめくれた時にだけ見える黒くて丸い目。気だるそうに話す言葉の最後につく、甘ったれた口調。彼が私の前に現れた時、これは見つけてしまったと思った。この現実世界に、ナリトを見つけてしまった。私が知っているナリトはこの人で、この人に会うために今までを駆け抜けたことが納得できた。
「わっ、びっくりした。こんなところでなにしてるのよ。」
ひどく驚いた様子で、Yが少年に聞く。
「ここから星が見える日が来るのを待っているんだ。」
「こんなところから星なんて見える?」
違う。私が聞きたいのはそんなことではないのだが、彼に直面した今、なにから始めればいいのか、完全にわからなくなってしまった。彼は頭を掻いて私の質問の答えを探すように目を泳がせた。それをみて私も焦って、キョロキョロと目につくものを探したあと、最終的に自分の手のひらに目線を落ち着かせた。続けて彼が星の話について、なにかを語り始めたが、彼が発する言葉は私の耳には止まらず、ただ私の注意は言葉を紡ぐ彼の唇にあった。彼の話にそれ以上興味がなくなり、双眼鏡をもって柵から身を乗り出すYを横目に捉えて、少年のもとに近づく。
「星、いつになったら見える?」
「ここからじゃ夜になっても見えないよ、僕は毎日来てるから知ってるんだ。」
「見方がいけないのよ。見えないものを見える方法、私なら知ってるよ。」
思いつきで咄嗟に口にした嘘に、しまったと思うも、それを聞いて彼の目の色が途端に変わったのをみて安堵した。
Yが向かいのビルを指差して訴えてきた。
「あの子がきた!」
「彼の飲み物を注意して見てな。残りが四分の一くらいになったら、Yもカラオケに行って、あの子が飲み物をおかわりするところと鉢合わせるの。どう?」
「あんた天才。」
段々と薄暗くなって、ネオンが強調されていく街の屋上から、3人でカラオケボックスを見つめた。街の輝きがより一層濃くなったくらいに、Yは駆け足で向かいのビルへと向かって行った。
「それじゃあ、また明日。どうだったか報告するからさ!」
Yが開けた扉が閉まる乾いた音と、少年の低い声が重なった。
「なんて?」
「友達想いなんだね、君」