小説

『二十を数えたらね』室市雅則【「20」にまつわる物語】

「じゅう」と言い終わった。ここからが私の本領発揮。
 足を湯船から出し、浴槽の縁に置いた。娘は窮屈になったので少し迷惑そうに私の顔を見た。
 私が娘に出した足の指を見るように促したので、彼女はそちらに顔を向けた。
 「じゅういち」
 そう数えて、私は右足の小指を曲げた。娘はきょとんとしているようだ。
 「じゅうに」
 次は右足の薬指を曲げた。
 このまま「じゅうさん、じゅうし、じゅうご…」とリズム良く足の指を一本ずつ折って二十まで数え終え、娘の反応を待った。
 大きな笑い声が浴室にこだました。
 大笑いしたせいで湯気を吸い込み娘はむせてしまっている。
 騒ぎを聞いた妻がやって来た。
 「どうしたの?大丈夫?」
 娘がまだ腹を抱えながら妻に話した。
 「お父さん、凄いよ」
 妻は全く状況を掴めていない。
 「とにかくお風呂で遊ばないで」
 そう言って妻が扉を閉めると、娘は私に足を降ろさせて自分の足を先程の私のように縁へと置いた。
 「いち、に、さん…」
 自分の手の指を折る。そして、「じゅういち」と右足の小指を折ろうと試みた。だが、全ての指が同時に折り曲がった。
 再び「じゅういち」と言って小指のみを折ろうとするができない。どうするのかなと黙って眺めていると、「じゅうご」と言って右足の指をまとめて数え、「にじゅう」と言って左足の指をまとめて数えて、私を見て満面の笑みを浮かべた。
 「もう一回見せて。もう一回」
 そう言って、私の足を抱えて縁に出させた。
 アンコールは大成功で、そこからもう二回披露した。
 娘の楽しそうな顔を見られて嬉しかったのだが、妻からはまた「風呂でふざけるな」と怒られ、何をしたのかと問われたので、妻にも見せたら大ウケだった。

 しばらくの間、我が家では私の足の指折りがブームとなった。
 しかし、流行は残酷だった。すぐに飽きられてしまい、娘からも妻からもリクエストされることがなくなった。そして、そればかりか娘は私と風呂に入らなくなった。
「もう一人で入る」と宣言をされたのだ。

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