家に着くころには、あたりはすっかり暗くなり、雪ははらりはらりといずこの空からか、きりもなく舞い落ちておりました。
すでに草地などに薄く積もった雪が、暗がりにしろじろと浮かび上がっています。
表に出しっ放しだった木桶の桜には、それでも菰(こも)が巻かれておりました。
きっとそのまま持ち上げるには重すぎるので、ばあさんがかけたのでしょう。
ばあさんは、「おかえり」そう言ったきり、特に何も続けませんでした。
笠は、そう問われるのがこわくて、じいさんが先に言いました。
「いやあ、今どきではあれは売れん」
「そうなんだ」
「価値観の違いだな」
「そうだよね」
そう相槌を打ってから、ばあさんが言いました。
「鮎、煮たのよ、温め直すかね」
そう言えば、囲炉裏の上の鮎どもはすっかり姿を消しておりました。代わりに煮ものの匂いがじいさんの鼻先をかすめました。干し鮎は番茶でよく煮てから、甘辛く煮しめたものがいっとう美味いのです。じいさんの腹が、ぐううと長く鳴りました。
「今日は遠くまで、お疲れさま」
そうばあさんが言って、じいさんは、のどの奥が何か熱く詰まった気がしましたが、まあそれじゃ一杯つけようか、と知らん顔してとっくりに酒を入れ、やかんに突っ込んで囲炉裏端に持って参りました。
「ばあさんも、飲まんかい」
「はいはい」
どっこいしょ、とふたり囲炉裏端に座り、燗もついた頃鮎の鍋が温まったようで、ばあさんが蓋を開けました。湯気がもうもうとたちこめ、それから合間から鮎がのぞきました。
「何だけっきょくふたりぎりかい」
「さびしい大みそかだねぃ」
「まあ今年も無事でよかった、そう言うよきっと、どっちかが」
ふわんふわんと上がる湯気の中、まだ鮎たちは思い思いにしゃべくっております。
じいさんは、ふっと笑ってから言いました。
「まあ、今年も無事に年を越せそうで、よかったなあ」
「だねえ」
ばあさんも、かすかに頬をゆるめました。