その後、私は着替えて桜花ちゃんを桜の下に埋め、一晩かけて台所を片付け、残りの二人は弟の部屋に寝かせた。窓際に水を入れたペットボトルを設置して、母の枕もとにはスマートホンを置いた。弟の、ちょっと古風な虫眼鏡を紙ひもで窓際に吊るして着火装置を作り朝になったので学校に行った。天気は快晴で、夏ではないものの集中した光線はオイルを染み込ませた綿を燃やして母の布団に燃え広がり、家も死体も証拠もすべて焼いてくれた。死体は私が身内ですと証言したことで検証されなかった。事件は猫よけのペットボトルが光を集めてスマートホンに着火したという不幸な事故扱いで幕を下ろした。
そう、あの日もとても天気が良かった。暑いくらいだ。私はハンカチでおでこの汗をぬぐい、ショールを外して腕にかけた。一歩内側に、日陰に入った。
それから私は嘘をつき続けた。桜花ちゃんが殺人鬼だということを、樹希に知られてはいけない。私の愛する樹希には絶対に。母を殺した桜花ちゃんにためらいは全くなかった。あの子は生死の区別がついても善意と悪意に区別がない。これからも彼女は気の向いたときに殺人を犯すだろうことは明白だ。あのままでは多分私も、いやひょっとしたら樹希も殺されてしまうかもしれない。でも兄である彼はきっと殺されるより妹が殺人鬼であることに耐えられないだろう。だから私がやるしかなかった。
でも、妹が死んでしまったら樹希は悲しむ。悲しみで彼も死んでしまうだろう。だからこうするしかなかった。桜花ちゃんを行方不明にする。これが彼にとって最もダメージが少ないのだ。
そして。
樹希に知られてはいけないことはもう一つあった。
妹が殺人鬼である以上に知られてはいけないことが。
だから私は嘘をつく。
樹希が真正面から私を見つめていた。優しくて悲しい目だった。桜に風の音が重なった。
「伊吹姉が桜花を殺したのか」
「――私が殺したのは、そこで骨になっている知らない子どもだけよ」
狂乱と呼ぶにふさわしい桜の渦が私達を包んだ。真っ白な、雪のような桜の花。
樹希は薄紅色といつも言うけれど、私には真っ白に見えるのだった。
桜の木の下にはわたしが埋まっている。
お兄ちゃん、相変わらずわたしのこと好きなんだね、気持ち悪い。
お兄ちゃんに掘り出されたわたしはすごく久しぶりに明るい空と、桜の下にあらわれた。
わたしと同じ名前の花。わたしにつけられた名前の花。怖すぎるくらいきれいな花。
――桜花が……10年……あの日……火事。
――あれから……何も……変わっていない。