小説

『桜の樹の下の下には』柘榴木昴(『桜の樹の下には』)

 その桜の木の下で、腕まくりをしてかがみこんでいる男性が樹希だとすぐにわかったのは場所のせいだけじゃない。面影がそのまま残っていたのだ。
本当に、本当に大きくなったわね。それだけで涙が込みあげてくる。
「桜の木の下には死体が埋まっていた」
 彼が立ち上がり、振り返った。私は逆に立ち止まった。いつから私がここにいたことに感づいていたのだろう。昔から樹希は不思議と勘が働く子だった。無くしたものは大体相談すると見つけてくれた。握られた土くれに目が留まった。それを……掘り返してしまったのね。
「伊吹姉、答えてくれないか」
 樹希は気づき始めている。だからなんとしてもここで軌道修正しなくてはいけない。
本当は、本当は思いきり抱き締めてすべてを打ち明けたい。でもそんなことをすれば彼はきっと壊れてしまうだろう。私はせめて、せめてこの子だけは守らなくちゃいけない。
「どうして私が答えられると思うの」
 言って、しまったと思った。思わず目を伏せる。質問を質問で返してはいけない。それは動揺の表れなのだ。そうした細かいことをよく察する子だった。
 あの日。桜花ちゃんがいなくなった次の日。私は学校にいた。樹希とは一つ違いで私は高校二年生になったばかりだった。新入生との歓迎会のために早めに登校していたのだ。もちろん桜花ちゃんがいなくなったことも、樹希が血眼になって捜索に乗り出しているのも知っていた。でも私は学校にいなくてはならなかった。
 アリバイ作りの為に。
「あれから今日でちょうど10年ね」
 私の中ではあれから何も変わっていなかった。あれから時間は止まったままだ。あの日、あの火事を私が起こしてから。いや、正確にはその前の日から。
 そう、桜花ちゃんが母を殺してから。
 始業式を終えて、いつものようにこの廃寺の掃除をした。私がその後家に帰ると、台所が血の海だった。血だまりの中に子どもを抱えた母が倒れていた。脇に桜花ちゃんが立っていた。
 以前から春雪が、桜花ちゃんが猫をバラバラにするのがとても上手だと、それを隠すのもとても上手だと話してくれていた。
 私はすぐに察した。
 子どもは完全に血の気がなくなっていたが、母には息があった。母は血が目に入っていたのか私の気配を察して「お願いだからこの子だけは」と男の子を抱きしめた。
 桜花ちゃんはダメだよと包丁を握りしめた。私は仕方なくどうぞと場所を譲った。桜花ちゃんは自然な動きで、まるでおままごとでお料理をしているかのように母の頸動脈を切った。私は隙をついて彼女を殴り倒した。

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