後妻を迎える事など珍しくはない。多妻など周辺地域などでは当たり前。
そうだとしても――やはり、兄と幼い私には後妻が来る事は受け入れがたい。だが父には逆らえる事など出来る筈もない。何もかも、瞬く間に新しい母親を迎える日が来てしまう。
今の母は、父に対しては他と同じく隷従だった。
だが私達兄弟に対しては無償の愛を注いでくれた。
後妻の負い目からなのか、それとも私達を哀れと感じたのか。
しかし今に至っては、それはどうでも良い。実母を失ったそれ以上のものを多く与えてくれた今の母に感謝し、尊敬すら覚える。
人としての信頼たる存在。
何より私だけは、初めて面と向かった時から、彼女にそんな感情を潜めていたのかも知れない。
私が母を初めて見たのが、あの海岸だったから。
夕暮れ時だ。太陽が水平線に近づいてゆく最中。
真っ赤に染まる蒼空と、それを写し取る揺れる波。その中心に母は立っていた。
婚姻の舞いを踊る女――幼いながらもそれは認識した。
だが不自然に感じたのは、大抵に舞いを踊るのは陽が高い時か昇る最中だ。沈みゆく夕闇間近に舞いをする女など今だに略いない。
終わりゆく世界の中での舞いは、悲しげに不吉を覚えさせるという言い伝えからか。
煌びやかに橙色の輝きの海面に立つ母の姿は、薄らと影絵となり、細身ながら豊潤な胸を撓わす。
影となり見えぬ姿さえ艶めかしい。
ゆるりと海面に踏み出す細い脚。
ゆっくり下り始めてくる藍色の夜を眺め待つ様に、母は赤空の先を見上げている。
一歩、一歩と。光源の波の中に大きく踏み出してゆく足。
一瞬、足裏が輝きから浮いたと見えた時。堰を切った様に母の舞いが始まっていた。
広く大きく広げる腕。それと併せて広がる服、靡く長い髪。