小説

『ボックス』イワタツヨシ(『パンドラの箱』)

 その箱は直方体のかたちをしている。広さは三キロ平方メートル、高さは優に九百メートルある。ホールケーキの箱のようなかたちだが、いつも隙間なく閉じられていて開くことはない。その中身は勿論、大きなケーキではない。町がつくられている。
 その世界には、同じような箱が幾つも存在する。(彼らが)把握している限り、その数は十九。箱は動くこともあり、箱同士が連結することもある。連結はいつも自動的、且つ不定期に起こる。
 どの箱にも、上下以外の四面の壁に人間が通れるほどの扉があり、連結すると、その扉は出現し、人間が箱と箱を自由に行き来できる。
 その世界に人間は、四十八人いる。

2
 誰一人と箱の外に出たことはない。且つ、誰一人と箱の外を知らない。
 想像ならいくらでもできる。ジェリーもよくこの世界のことを考える。彼の中にも幾つかの理論がある。例えば、宇宙理論。「この十九の箱は惑星であり、箱の外側を占めているのは空間で、銀河である」という理論。「宇宙」のことなら彼も知っている。それに関する書物が町にあるからだ。

3
 その町には、「生命の誕生について」という書物もある。それはいつ一体誰が、何のために書いて置いていったのかも分からない、数少ない書物の一冊だが、少なくとも「宇宙について」という書物よりは信用できるだろう、とジェリーは思う。
 その書物にはこう書かれている。

一、その生命体は、卵生で、殻を持った卵を陸上に産む。その卵が孵化するまで百年の歳月を要する。孵化後の寿命は、平均で約七十歳。つまり、孵化後の寿命より孵化前の卵でいる時間の方が長く、卵を産んだ母親は自分の子どもの姿を見ることができない。

二、卵から生まれてくる子どもは、その親に関係なく、孵化するまでの百年の間に、卵と身体的に接触した他者の形質を受け継ぐ。その遺伝形質の情報量は、接触していた期間が大きく影響する。

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