光の園葉の上を歩く彼女。胸に一杯に受ける潮風。開放的な風とは裏腹に、広げられていた腕は萎んでいった。
爽やかな潮風を胸の奥へと押し込んで。
それを逃がさない様に、決して手放さないかと。胸を押さえ込みながら彼女は、煌びやかな光の中に坐り込んだ。
――そして彼女は蒼空を見上げる。
蒼く抜けた蒼空。其処を吹き抜け走り去って行く潮風。
それを恨めしく、または悲しげか。
両の手を蒼空へと伸ばし、遠ざかって行く風を必死に掴もうとする。
手を伸ばせば胸に押しとどめた風も、また逃げだし。漏れ出す風を慌てて押さえ込む。
もうどうしようもならない。
逃げてゆく風、漏れ出す風。
必死になって掻き集めても、自分の胸には何も残らない。
抜け殻の様になっていく自身を悲しみ、嫉み、そして悟る。
最後の一滴の涙の様に波の飛沫を、片手を上げ表現すると。
彼女は海の中へと倒れ込んでいくのだった。
悲しげな踊り――私はそう思った。
乗っていた艀が海岸を横切るまでの僅かな間で見た、彼女の舞い。
波の中で暫くの間、彼女は倒れ込んでいた。
ふっとゆっくりと立ち上がると、びっしょりと濡れたままで彼女は海岸を去ってゆく。
何故あの様な悲しげな舞いだったのか、私には理由が分かっていた。
彼女は私の妻となる女性だったからだ。
「ただいま、母さん。帰ってきたよ」と、私は屋敷に入りがてらに母に言った。
「まあ、今日だなんて……文が届いたのは昨日だったのよ? 何も出迎えの支度が出来なかったじゃない」
母は笑いながら私を抱きしめ、出迎えてくれた。
「船の足が思ったより早かったんだ。荒波にも出会さず、順調に進んでね」
お返しとばかりに、私は母を強く抱きしめ返した。