小説

『海の踊り子』洗い熊Q(『羽衣伝説』)

 彼女は昇り始めた陽射を眩しがる様に、片手で目元の陽を避ける。
 影で隠れる目元。そのままの姿勢で彼女は海に向かって小走りを始めた。
 静かに向かってくる波の上を、水飛沫を上げて歩く。
 下地の砂の白さは見えず、海の蒼さが勝る。踝程であろう深さである事は知り得ているが。
 遠目から見る彼女。まるで蒼い波打つ舞台の上に立っている様だった。

 ――この港の出生の女達は、みな巫女の習わしを受け継ぐのが通例だ。
 巫女と言っても実在は踊り子だ。水の神、海の神に捧げる舞いを踊る。
 その扱いは高貴ではない。略、下女のようなものだ。
 この国。特にこの町の女達の身分は低く扱われている。

 目元を片手で日除けしたまま、彼女はゆっくりと、その場で回り始めた。
 薄軽い白い布地の服は風に靡き、回り広げて行く彼女の手に合わせ、波打ちはためく。
 彼女は瞬間、白波泡立つ上につむじを巻く潮風になったのだ。
 波上を軽快に足踏みして刻みながら、浮かぶように緩やかに回転してゆく。 広がる彼女の服、そして髪。
 靡かせてゆく姿はやがて波に浮かぶ白い花にも見えた。
 打ち寄せてゆく波に這わせ、上がり、そして下がる。回転から上下の動きへ。たゆたってゆく彼女は、蒼い海へと溶け込んでいく。

 
 ――女が舞いを披露するのは二つの理だけだ。
 神事や祭事の時期か。
 婚姻の時かだ。
 契約が結ばれた時から、女は数日の間、海辺で舞いを披露する。朝夕、晩でも構わない。海の神にでも知らせる様に、一日の内に一度は必ず舞う。婚姻の儀が行われるその日まで。
 それが習わしだ。
 そしてその契りを交わす相手は、女には選ぶ権利がない。
 それも習わしだ。

 
 海面がうねり波打つ度に、高く昇りゆく太陽の光を煌びやかに反射させる。

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