小説

『アリとキリギリスとニンゲン』高元朝歩【「20」にまつわる物語】(『 アリとキリギリス 』)

 なんてアリに話すのは馬鹿げているよな、はたから見たらひとりごとで愚痴を呟く危ないニンゲンだ。

「あ、今私のこと馬鹿にしたわねっ」
「え、いや、そんな…」

 ばれてる。

「私、働きアリの中でも優秀なんだから!あのキリギリスだって、私のおかげで生き延びたようなものだし」
「え?」
「ほら、あそこにいる彼、夏の間ずーっと歌って遊んでたもんだから、冬ごもりのための食糧が足りないの。夏には働く私のこと、馬鹿にしてたのよ。そんなに働くなんて、人生損しているって」

 キリギリスなんて、見たこともなかったけれど、緑色の彼がそうだということが、アリの視線でわかった。

「飢え死にしたって仕方ないって私は思ったけど、うちの女王様は優しいから。分けてあげてって」
「そうなのかあ…えらいね、自分で働いた分を遊んでいた他人に分け与えるなんて」
「そうね、女王様のおかげかな。私の巣は、少し食べ物を分けてもとっても居心地がいいから。働きアリも一生懸命で、女王様はいつも穏やかに子育てしているの」
「そうなんだ…すごい女王様だねえ」
「でしょ!でもあなたも女王様よね?それなのに、なんで泣いていたの?」
「…なんでだろうね。なんか、やることがたくさんあって疲れちゃって」
「あら、女王様に、子育て以外にやるべきことなんてないわ」
「え…?」
「何を驚いた顔をしているのよ。当たり前じゃない。食料は私たち働きアリが取ってくるし、掃除だって巣の警護だってするわ。女王様は自分の栄養を子に分け与えてまで育児してるのよ?子孫を残す女王様が一番偉いに決まってるじゃない」
「いや、でも、働くアリがいないと、女王様も生きていけないし…」
「だから女王様はいつも笑ってありがとうと言ってくれてるの。私たちはそんな女王様のために働いてるのよ?居心地のいい巣に帰るために、その居心地のいい巣を作ってくれている女王様のために。ニンゲンは違うの?」
「……働いているほうが偉いかな、ニンゲンは」

「誰のおかげで飯が食えてると思ってるんだ!」なんてさすがに言われたことはないけれど、一円も稼いでいないこの状況が、私にとってはとても苦痛だったのかもしれない。家の雰囲気を作る、帰ってきたくなるような家、そういう場所を作るという意味では、ニンゲンもアリも同じなのかもしれない。だけどそれだけの精神的余裕がない。育児をするために、自分のごはんは自分で作らないといけない。もう少し娘が大きくなれば、娘のためのごはんも作らないといけない。そしてそんな自分は、働いている夫に感謝されることはない。

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