小説

『アリとキリギリスとニンゲン』高元朝歩【「20」にまつわる物語】(『 アリとキリギリス 』)

 家を出て、まだ30分。だけど、慣れない夫の抱っこに、娘は泣いているかもしれない。
 育児がどんなに大変でも、私を求めてくれる娘は可愛い。愛おしいと思う気持ちは、本当に母になってはじめて感じたものだ。たった20日でも、その感覚は強い。

「あなた、女王様なのね!」

 そう言うと、アリは少し飛んで見せた。

「え?女王様?」
「だって、子供を育てているんでしょう!」
「え、あ、まあ、、まだ生まれて20日だけど」
「関係ないわ。身ごもった瞬間に、アリは女王様になるの」
「…そうなんだ。じゃあ、あなたも女王様になるの?」
「いいえ、私は働きアリだから」
「え…?」

 跪いたように見えたアリに、私は少し大きな声をあげた。

「働きアリって、オスだけじゃないの…?」
「何言ってるの?メスだけよ」
「え、メスだけ!?」

 思わぬ事実に私はさらに大きな声を出す。自分の価値観で物事を判断しちゃいけないと常々考えてはいたけど、そうか。「働き」という形容詞だけで、すっかり「オス」だと思い込んでいた。ニンゲン社会がそうであるからといって、すべての生きとし生けるもの、男性が働いているとは限らないのに。

「そうよ、オスは女王様に子孫を残させるためだけに生まれるんだもの」
「そ、そうなんだ…」

 ニンゲン社会とはまるで逆のアリ社会の実情に、私はアリと話しているという不思議を忘れ、聞き入ってしまった。

「で、世界一幸せな女王様が、なぜ泣いていたの?」
「それは……」

 育児が大変で、夫がわかってくれなくて…。

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