小説

『過ぎし日の想い』紫水晶【「20」にまつわる物語】

「やめないで……」
「ルリ……ちゃん?」
「せんせい、やめないで」
 ルリの目から、涙が一つ流れ落ちた。
「わたし、がんばるから。だから、やめないで」
「ルリちゃん!」
 私はルリを抱きしめた。その小さな身体を包み込み、肩まであるストレートの黒髪を何度も何度も撫でた。
 私は、ルリにしがみついたまま、子どものように泣きじゃくった。少しずつ、心が軽くなっていくような気がした。

「先生! 瑠璃先生!」
「え?」
「良かった。気がついて」
「……私、一体……?」
 園長先生の心配そうな顔が迫ってきて、私は思わず身体をずらした。
「びっくりしたわよ。物置開けたら先生が倒れてるんだもん」
「え? あれ? ルリちゃん?」
「はあ? 何言ってんの? 大丈夫?」
 園長先生がポカンと口を開けた。
「瑠璃先生、疲れてるんじゃない? 最近、美鈴先生の仕事も任ってるみたいだし」
「え?」
「当番も代わってあげてるでしょ? ダメよ、無理な時はちゃんと言わなきゃ」
「はあ……」
「ま、そういうとこが瑠璃先生の良いところなんだけどね」
「え……。そんな……」
「今度、私が言ってあげるから」
「いえ、でも、私……」
「なぁに? ハッキリ言いなさい、ハッキリ!」
「園長先生、私……」
 私は、胸の内全てを園長先生にぶつけた。子どもたちが自分に対して反抗的な事、クラス運営がうまくできない事、職員間の軋轢に悩まされている事、今年度いっぱいで退職しようと考えている事……。
「ダメよ」
 園長先生が険しい顔で私を睨みつけた。
「ここで逃げたらダメ」

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