そして、ばあちゃんが死んだのは、六月八日のことだった。『六月八日のことだった』だった、というのが正確なところだ。
わたしはたしかにばあちゃんが病院のベッドの上で息を引き取ったのを見た。最後の言葉は、とくになかった。もうすっかり衰弱していて、ろくろく言葉もしゃべれなかったから。
「二十一時二十一分……ご臨終です」
担当医がそういった、次の瞬間。
わたしは自宅の表座敷にいた。畳敷きの八畳間。障子をあけると縁側で、そこに据えられたリクライニングソファの上で、祖母が陽だまりのなか、うつらうつらとしていた。
「ばあちゃん……?」
わたしは思わず呼びかけた。すると、ばあちゃんは目を覚まし、
「ああ……マコか」
といった。
「生きてる……」
とわたしは続けてつぶやいた。
するとばあちゃんは、ちょっと目を見開き、それからすべてを察したように遠い目をして庭の桜を見た。蕾のふっくら膨らみ始めた桜を。
「そうか。あんた、時間を戻したのか」
しずかな声でそういった。
「は?」
わたしには意味がわからなかった。ばあちゃんは微笑みをたたえた顔をわたしに戻して、こんな説明をした。
「うちの家系の女はね、ハタチになると、特別な能力が発現するんだよ。それが、あんたの場合は、時間操作だった。じつはばあちゃんもね、同じ能力に目覚めたんだ。二十才のあいだだけ、一年間だけ、それができたんだ。時間を巻き戻すことも、止めることも、進めることもできた。でも、その能力がいずれなくなるという予感はあった。だから、ばあちゃんは、時間を進めたり止めたり戻したりして、『合計すると一万時間くらい』勉強したんだ。天から授かった能力はいつなくなるかわからないが、自分が努力して獲得したものは、けっしてなくならないからね」
そしてばあちゃんは、ちょっと誇らしげに笑った。それから手まねきしてわたしを呼びつけると、手を伸ばしてわたしの髪をそっと撫でた。
「あんたの能力も、ばあちゃんと同じだろう。時間を進めたり止めたり戻したりできるはずだ。そして、二十一才になると、その能力はなくなる。さあ、あんたはそれを、どう使うね」
わたしは、そのときは、ばあちゃんのいったことがあまりにも突飛すぎるので、なんの反応もできなかった。
しかし、時間が経つと、そのことについて真剣に考えるようになった。