小説

『拝啓、20歳の私へ』公乃まつり【「20」にまつわる物語】

 チクチクとした視線が気にならなくなった頃、二日間に渡ってア・カペラの様々なことを学ぶ企画の本番が近づいてきた。前回はかなり短い時間だったけれど、今回は二日間みっちりだ。
 前日準備に取りかかろうと、予約を取っていたAスタジオに向かう。予約、と言っても、サークルごとに割り当てられていた時間を後輩のグループ名で、後輩グループの練習という名目で取るというやり方だ。個人名では取れなかった。

 何人かの企画を手伝ってくれる後輩達と、機材準備に取りかかっているときだった。スタジオのドアが開いて、今まで沈黙を守ってきた先輩達が数名入ってきた。
 スタジオ内を見渡した後、先輩は口を開いた。
「トゥモロービートのメンバーはどこ?」
 トゥモロービートはこの場所を取ってくれた後輩グループのバンド名だ。
 正規メンバー6人のうち、4人はアルバイトのためここにいない。今ここにいる2人が手を挙げる。
 先輩が2人を見て、そして話を続けた。
「練習しないのなら変わってもらえる?明日、依頼が来ている地域イベントの本番なの。サークル代表としてイベントに出るグループの練習は優先されるはずだわ」
「で、でも、予約は先に取っていました」
 トゥモロービートの2ndコーラス、ケンヤが意見した。先輩の言う事も慣例では正しいが、予約はこちらの方が先だった。
「明日も明後日も本来使えるバンドはあなた達じゃないわ。今週末のスタジオ練をしたかったバンドがいくつ我慢していると思っているの?明後日のイベントに出るバンドも困っているんだけど。バンド練習をしないのなら、出なさい」
 強い口調だった。確かに、困るバンドは出てくるだろう。サークルにとって限りある、Aスタジオを使える枠は、サークルに依頼があったイベントに出るバンドが優先される。こちらの予約が早かったが、そういう場合の事はまだサークル幹部で話し合われていない。
 話し合いは行われていて、私が呼ばれなかっただけかもしれないけれど。

 後輩達が戸惑った顔から、怒りを露にし始めている空気を感じた。
 けれども先輩達は先輩達で、堪忍袋の尾が切れたのだろう。後輩達の愚痴は筒抜けていて、先輩が大人の対応をしてくれていただけだ。
 これ以上の不和を起こしたくなかった。私の温和センサーが緊急警報を鳴らしていた。
「すみません。すぐに出ます。どうぞ使ってください」
 荷物を全部勢い良くもって、急いで靴を履いた。
 驚いた顔をしつつも後輩達も続く。
 外は寒かった。ひんやりとした空気が肌に触れて、後ろをふりかえるともうドアは締められていた。

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