小説

『ミス鼻子』中村一子(芥川龍之介『鼻』)

 鼻子が出来上がってきたレンガ色の石膏を鼻にかぶせて帰った日、彼女の両親は憐みの目で、我が娘を凝視した。
「いいの。これで治るらしいから」
「治るって、前と比べ物にならないくらい腫れあがって、盛り上がってるじゃないの」
「ホントにテレビ局が来たら、どうするんだ」
 両親は青くなって、隣近所の皆さんになんて言うかを相談していた。
 面白かったのは、すれ違う人でも、電車の中の乗客でもない。幼稚園の園児の反応だった。
 顔から8センチくらいに盛り上がって、突出した異様なワシ鼻に、園児たちは皆、口をポカーンと開けて、瞬きもせず見ていた。そのうち女の子が「怖ーい」と泣きだし、それが伝染して、泣き声が隣のクラスにまで聞こえ、他のクラスの子どもたちが入り混じって、悲鳴と泣き声でしばらくおさまりがつかなかった。
「鼻子先生。それってやけっぱちでそういう鼻にしたの? それとも症状が悪化したってこと?」
 子どもたちをなだめながら、園長が聞いた。
「夜明け前が一番暗いって言いますから」
と鼻子が返事をすると、園長はため息をついて「お願いしますよ……」とぼそっと吐いた。何をお願いしたのかはわからない。聞き返すのも可哀想だと思い、鼻子は黙っていた。
「先生のお鼻に指をいれてもいいよ」
 鼻子が言っても、園児たちはもう誰も反応しなかった。なんだかつまらないと鼻子は思った。
 1ケ月に1回、鼻と石膏の間の部分を洗浄してもらい、眼鏡3個分の重さのかぶせものを鼻に乗せて1年。
 とうとうそのかぶせものを取る日がやってきた。あの若い医師はハンマーとペンチでそのかぶせものを叩き割り、引っ張った。
「わー、軽ーい」
 鼻子の口から生き返ったような声が漏れた。医師は細かな石膏をピンセットで取り除き、鼻全体を消毒して言った。
「大成功です」
 彼が手鏡を鼻子に渡した。
「ウッソー」
 言いながら、鼻子の目から涙がボロボロこぼれた、鼻は元の大きさに戻り、鼻の穴は縦に伸ばす器具をいれていたおかげで、卵型の穴に嬉しい変形をしていた。
「長かった……」
 鼻子はこの5年間のもろもろのことを思い浮かべながら、泣き笑いしていた。

 鼻子は初めて化粧をした。見違えるような変身ぶりだった。今まで好奇な目で見ていた見知らぬ人たちが、今は羨望の視線を送ってくる。

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