小説

『ミス鼻子』中村一子(芥川龍之介『鼻』)

「歯科医で矯正というのをやるのを知っていますか」
「はい」
「原理はそれと同じで、あなたの鼻の模型を取って、鼻に密着するような石膏を作って、鼻の上にかぶせます。ああ、鼻とほとんど変わらない色に着色しますから、大丈夫ですよ。真っ白な石膏を顔の真ん中に乗せたら、可笑しいですからね。ハハハハ」
と自分で言って、一人で受けた。可笑しいのはお前の頭だ。
「それで鼻孔の内側に鼻孔の広がりを収縮する器具を入れて、裏表両方から、肉の部分をそぎ落とす。そうすることによって、ほぼ、人並みの鼻に戻ります」
「先生、本当ですか。治るんですか」
「大丈夫です。任せてください。ただ―」
「ただ―」
「この治療が終了するのに、少なくても1年はかかります。それからその間は今のその鼻を包み込むわけですから、もっと大きな鼻になることを覚悟してください。今まで10人いたら、9人があなたの鼻に注目したでしょうが、その器具を装着したら、多分、いや、確実に10人、全部の人がチラ見どころではなく、まじまじと見てくるでしょう。精神的にそれを乗り越える自信がありますか」
「先生、1年もしたら治るんですよね」
「90パーセントを超える確率で元にもどるでしょう」
「じゃ、やります。すぐに。今すぐお願いします」
「はい、では、やるということで」
「よろしくお願いします」
「治療費ですが、これは一種の難病ですから、医療助成金がおりるので、心配はいらないと思います」
「難病?」
「そうですよ。難病以外のなんだというんです?」
「…… 何という病気ですか?」
「突発性鼻孔肥大及び鼻柱拡大症。なにしろ、こういう事例は世界でも数少ないですからね。まさか私のところにこういう患者さんが来るとは」
 本当は病気を治すより、学会のいい発表になりますと言いたいのだろう。医師の小鼻がぴくぴくと動いた。この際、治ればなんでもいい。鼻子は鼻歌交じりで病院を後にした。

「あんた、どうしたの。そんな大きな鼻して」
「お前、病院に行ったら、本物の奇病にさせられたのか」

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