小説

『ミス鼻子』中村一子(芥川龍之介『鼻』)

「あのね。そういうのを取ったら、それを誰かにくっつけなきゃいけないの」「はあ……」
「誰にくっつけるの」
「うーん……」
「ね。だから取るわけいかないのよ」
 だったらそんな無責任なこと言って、脅さないでよ。鼻子の怒りが爆発した。もちろん、言葉には出さなかったが。
「あら、それで済んでよかったじゃない。世間には悪徳占い師が多くて、いろんなものを買わされんのよ」
 母にそのことを話すと、母はそう言って鼻子を慰めた。
「人はね、心にスキがあったり、不幸でございますっていう顔で歩いているとそういう手合いの疫病神が寄ってくるの。あんたももうちょっとビシッとして歩かなきゃ駄目よ」
「もうちょっと人間離れしてたら、カネが稼げたんだがな」
 父親は相変わらずばかなことを言った。しかし、だから鼻子は救われていた。これがマジで深刻に受け止めるような親だったら、自分が究極の選択をするまでに追い込まれたかもしれない。

 幼稚園と家を往復する日々が続いた。
 たまに女友達と会っても、視線の行きつくところは鼻のみ。向こうもそうだろうが、彼女たちの鼻を見ていると、どれも綺麗に見える。頭の中は「鼻、鼻、鼻」。鼻という文字が回っていた。「ハナダサン」「ハナコサン」「ハナハダ」なんて言葉が聞こえてくるたびに、ドキッとしては振り向き、聞き耳を立て―。もうここまでくると疑心暗鬼の世界だ。そういう過剰反応をする自分が情けなくもあり、惨めだった。
 鼻子はまだバージンだった。それがまた輪をかけて、彼女を悩ませた。キスの経験はある。高校3年生のとき、好きなクラスメートがいて、その子の家に遊びに行ったとき、成り行きでファーストキスをした。当然、彼はそれ以上求めてきた。しかし、鼻子は自制心でそれを押し返した。彼女は思う。ああ、あのとき、すべてを許していればよかったと。まさか、この綺麗で魅力的な自分に、男性が誘ってこない日がくるなんて、予想もしなかった。
 私はこのまま、女の快感も知らずに一生を終わるのだ。ベッドに入るたびにそれが悔やまれて、また泣く。いやいや、人生はそういうものではない。もう一人のしたり顔の自分が自分をなだめる。そうすると、5分位は落ち着くのだが、幼稚園の同僚がデートの話をしていたことを思い、父兄が夫婦仲良く園児を迎いにきたりする姿を思い出すと、また悲しくなって枕が濡れた。

 病院に夢中で通っていた時、同じ質問を受けた。

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