彼女が風呂場からバスタオルに包まって出てきた。彼女は僕の隣に座って、僕は初めに彼女の足を撫でた。すらりとした線の細い、実にきれいな足だった。
「足、すごく素敵だ」思わずそう呟いた。
「引きこもりなんですよ」と言って彼女は自分の白い足を撫でた。
そうして僕らは見つめあい、キスをした。僕にとってのファーストキスだった。
キスをした後、僕は彼女の目を見て、すごくかわいいですね、と言った。言葉は発すべきではなかったかもしれなかったが、僕はその言葉を何回も言ってしまった。そのたびに彼女はクスっと笑って、僕から目をそらしてキスをした。その時だけ、僕は彼女が殻を破って一瞬だけ素顔を見せてくれるのを実感できた。その実感が錯覚だとしても、錯覚は現実なのだから僕にとって何の問題もなかった。
僕は彼女の体に唇をつけて、全身を這うように愛撫した。僕の女友達のアドバイス通りだ。二の腕から下に下っていき、手首のところに達したところで僕は止まった。彼女の手首には何本かの蚯蚓腫れのような傷跡があった。彼女を見ると、僕から顔をそらしていた。
僕は指先を愛撫するのをやめて、手首に軽くキスをした後、彼女の顔を正面から見て頭を撫でた。そしてキスをした。彼女の下唇を優しく挟んだ。小さく官能的な音が部屋に響いた。
ベッドの上の木製の時計は黙々と、しかし休むことなく時を刻んだ。僕が彼女の中で絶頂に達した時、彼女が入ってから30分が経過していた。それは今までに僕が全く経験したことのない奇妙で濃密な30分だった。
行為が終わると、彼女は自分のバックからコンビニの袋を取り出し、僕にイチゴ味のハイチュウをくれた。彼女は僕が食べようとしたハイチュウを奪い取って食べた。そして僕にキスをしてハイチュウが僕の口に入ってきた。たぶん、誰よりも甘い初恋の味だと思う。
彼女はシャワーを浴びに行き、僕は監督に電話を掛けた。すぐ行く、と監督が一言で電話を切った。
その時、お風呂場から声がした。マサトシサーン。それが自分を指しているということに僕は三秒遅れて気付いた。
お風呂場のドアをノックすると、彼女は返事もなく扉を開けた。そして僕の頬を両手でつかんでキスをした。突然の出来事だった。彼女はキスの間、ずっと目を閉じていた。
キスのあとで彼女は僕に手を差し出した。僕たちは握手して、彼女は僕にありがとう、と言った。久しぶりに心のこもった「ありがとう」を聞いた気がした。
「どうしてありがとうなの?」僕は素直に聞いた。あのころの僕は素直だったのだ。
「勇気をもらったから」彼女はそう言って、風呂場のドアを閉めた。
玄関のチャイムが鳴った。監督だった。
監督は彼女がシャワーを浴びているところにハンディカムをもって入って行った。事後のインタビューを撮っているようだ。僕は服を着て、持参した100円ショップで買った領収書に支持された金額を書き込み、8000円を裸で受け取った。
彼女が、少し好きになっちゃいました、と言っているのが聞こえた気がした。