小説

『20th birthday sex』岸辺ラクロ【「20」にまつわる物語】

 監督は手早く僕に説明すると、ケータイを取り出して、僕らはラインを交換した。それが終わると監督は煙草を吸い始め、僕らは他愛のない世間話をした。僕は世間話の内容は全く覚えていない。初めてのセックスを前に世間話に花が咲くわけがない。緊張をほぐすために銀の灰皿に高く積もった煙草の吸殻とテレビの前に並んでいるフィギュアの群れに意識を向けていた。
 十分ぐらいすると、監督たちは、女優が入って遅くとも40分たったら連絡するように、と念を押して出て行った。僕はまじめに定点カメラの位置を確認して、どちらの向きに彼女の体を置くか、監督の指示を確認していた。それが住んでしまうと、灰皿をキッチンの横に片した。その時にチャイムが鳴った。
 ドアを開けるとそこには誰もいなかった。あれ、と思って僕は一歩外へ出た。途端、ばぁ! と後ろから肩を押さえつけられ、僕はうぉう! という情けない声を出して垂直に飛び跳ねた。アフリカの部族みたいに。後ろを振り返るとタピオカミルクティーを連想させる白地に黒の点々模様が入ったワンピースにピンクのカーディガンを羽織ったショートボブの女の子が口を押えて笑っていた。僕は急に恥ずかしくなって、あ、今日はどうも、と言ったが彼女はまだ笑い続けていた。
「ひっ、すいません、ひっひっ、今日はよろしくお願い致します。すいません本当に、ひっひっ、軽く驚かすつもりだったんですけど、垂直に、今ぴょーんって飛んでかわいくて、ひひっ、すいません」
 僕は彼女を部屋に案内し、僕らはベッドに腰かけた。その後もしばらく女は笑い続けていて、笑いながらすいませんと繰り返していた。
 しばらくたつと笑いも収まった彼女は、僕の目をまっすぐ見て「立花美里です。今日はよろしくお願いいたします」と頭を下げた。僕も頭を下げて挨拶をして、しげしげと彼女を見た。
 息を飲んだ。唾も飲んだ。サメの腹のように白くどこか艶めかしい潤いを保った肌。申し訳なさそうに盛り上がった胸。あどけない顔。瞳はミルキーブラウン。そんな色があれば。
肌がすごく綺麗ですね、と褒めると、彼女は「引きこもりなんです」と言って自分の腕を撫でた。すごく、可愛いです……と呟くと、彼女の頬がわずかに赤くなった気がした。彼女は「よろしくお願いします」と言って頭を下げた。
 僕はこちらこそよろしくお願いいたします、と言った。そしてたった五分ぐらいの間だったが、僕らは世間話をした。彼女のことなら今でも細かに思い出せる。彼女は二歳年上で、愛知県の大学に通っていた。仏教系の大学ではあったが、友達にはアダルトビデオに出ていることがもうばれてしまったらしい。そして僕と同い年の弟がいた。彼女はビデオに出演したお金を弟にお小遣いとしてあげることもあると言っていた。その話を聞いて、僕は明確に彼女は別世界の人なんだということを感じとった。
 じゃあそろそろと彼女が腰を上げたので、僕は彼女をお風呂場の場所を示し、部屋で待った。知らない人の家で定点カメラに囲まれて、知らない女がシャワーを浴び終わるのを待っていた。ふと、今日が二十歳の誕生日だということを思い出した。母からは朝、誕生日おめでとうというメッセージが来ていた。それだけだった。

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