小説

『youth』村崎えん【「20」にまつわる物語】

 茉奈美と明香里は音響係を任された。劇を仕切っていたBの面々から指示を受け、二人でそれらしきCDをレンタルしに行き、それを茉奈美の自宅で録音し、練習ではデッキを使って台本の印をつけたシーンで音を流すという役目。
 クライマックス、岡野晴香演じる女子高生が病院で息を引き取った後、児島演じる恋人が自分に宛てられた手紙を読んでむせび泣くというシーン。そこで流すのは、岡野晴香が大ファンだというバンドのバラード曲だ。茉奈美には、ハタチそこらの軽薄そうな男たちが騒がしく群れているグループ、という印象しかないバンドだったから、バラードがあるのには驚いた。しかし、借りてきたCDから流れるメロディはありきたりで、歌詞も薄っぺらで、こんな曲のどこがいいのか茉奈美にはさっぱりわからない。明香里も同じようで、デッキから流れる曲を聞きながら、終始、つまらなそうに口をへの字に曲げていた。
「ああいう、最近の中高生が全員好き!みたいなバンドをさ、本気で大好きになれるのも岡野晴香だよね。そこが男子に受けるんだよ。バッカみたい」
 練習終わり、明香里は決まって同じセリフを吐いた。

 本番を数日後に控え、茉奈美は明香里と共に会場である文化会館の舞台袖で機器の説明を受けていた。学校から目と鼻の先にある文化会館を借りて文化祭を行うことが、この高校の自慢らしかった。茉奈美は暗がりの中、目を凝らして他クラスの音響係たちを観察した。各クラスの地味な面々で構成されているのだと一目でわかる顔ぶれだった。
 つまらない気持ちになった茉奈美は、「児島、彼女と別れたらしいね」隣に立つ明香里に耳打ちした。明香里は顔をこちらに向けて笑ったようだった。白い歯がうっすらと見えたから。文化会館のオジサンの説明が終わったら、学校までの帰り道は噂話と悪口大会だ。茉奈美はだからそう思い、そうなると途端に楽しくなった。
 しかし明香里は帰り道、機器の使い方を書いたメモを片手に、当日はこれを清書して持っていこうだとか、あのシーンでテープの巻き戻しをしておこうだとか、茉奈美にはつまらない話ばかりをした。痺れを切らし、「ねえ、児島の話」そう言った茉奈美をふり返った明香里は、茉奈美が見たことのない顔をしていた。そうして茉奈美は理解する。明香里は、児島を好きなんだと。
「先週、見ちゃった。掃除の時間、図書室の掃除終わって戻るとき。児島が岡本晴香に告白してた。岡本晴香、泣いてた。ああいうことって本当に起こるんだね」
 無理に明るく振舞っているのがバレバレな明香里の言葉を聞きながら、茉奈美はまた、忘れようとしているはずの記憶が波のように体を包む感覚に襲われた。
「児島みたいだった」
 そうして口をついて出た言葉に、茉奈美は自分で驚いていた。他人事みたいに驚いて、目を丸くして明香里を見た。まさか今の一言で全てが伝わったわけがない。なのに明香里は、全てを了解したような顔で茉奈美を見ていた。
「……小学生の頃から好きだった男の子がいたの。上村君。サッカーが上手で、いっつも冗談ばっか言ってて、勉強は嫌いだった。中二の時に、親友の真智ってコに言ったの、ずっと上村君に片思いしてるって。そしたら真智、あんなチャラついたヤツのどこがいいのって。笑ってた。だけどそれから一か月くらいして、真智、上村君と付き合い始めたの。上村君、勉強嫌いだったのに、真智と同じH高行くって言いだして、どこででも吹聴して回って……」

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