小説

『youth』村崎えん【「20」にまつわる物語】

 わかるわかる。明香里の言葉に頷きながら、茉奈美はその横顔をそっと盗み見た。そして声に出さないまま語り掛ける。
 ねえ、私たちってその対極にいるよね。本当の意味での。そういう人間を好きになれないし、存在を無視することもできない。対極にいるからずっと真正面で、意識して生きていくの。特別で普通な、岡野晴香みたいな人間を、ずっと、羨ましいのか憎いのか、憧れなのか、わかんない感情を持ったまま生きていくの。自分を特別だとも普通だとも思えずに、わかんないまま生きていくの。ねえ、明香里もそうでしょ?わかるでしょ?
「で、相手役は児島ね」
 明香里と目が合い、茉奈美は思わず顔を背けた。心の声が丸々、明香里には聞こえていたんじゃないかという気がして急に恥ずかしくなったのだ。「えー、でもさあ」ごまかすように声が大きくなる。
「児島はサッカー部のマネージャーと付き合ってるじゃん。彼女いるのに、恋愛ものの主役なんて引き受けるかなあ」
 大声で否定する茉奈美に、明香里はにやりと笑って見せた。
「そこも含めの岡野晴香だよ」
 明香里の言葉の真意が読めず、茉奈美は興味なさげに「ふーん」とだけ答え、会話が終わった。
 坂を下りきり、乳白色の駅舎が見えてくる。定期券を改札口に滑り込ませる。二人並んでホームへの階段を下りていると、黙ったままだった明香里が突然言った。
「私ってさあ、児島みたいな男子、結構好きなんだ」
「えー、あんなチャラついたのどこがいいの」
 口をついて出た自分の言葉に、茉奈美はハッとして押し黙る。明香里は気にせず「だってやっぱりカッコイイじゃん」などと話し続けているが、茉奈美の耳には入ってこない。自分の言葉が、明香里を否定したように響いたからではない。記憶の底に溜まっていた光景が、色濃く眼前に広がったからだ。
「あ、ねえ勘違いしないで。児島がいいって言ってんじゃないの。児島みたいなタイプってことね。よくふざけて、ちょっと強引で、スポーツ得意な感じ。ねえ、聞いてる?」
 明香里に顔をのぞき込まれて、茉奈美は曖昧に笑った。明香里はその後も「児島のような男子」のカッコよさについて話していたようだった。だけどやっぱり、茉奈美の耳には届かなかった。冷えた電車の空気に触れても、自転車を漕いでも、夕飯を食べても風呂に入っても、結局、眠りに落ちる寸前まで、突然掘り起こされた記憶が引っ込んでくれることはなかった。

 誰がどこから見つけてきたのか、茉奈美たちのクラスの出し物は、「高校生の主人公が病気になって死んじゃって、彼氏とクラスメイトがすごく泣く」という、簡単に言えばそういう内容の演劇だった。いくつかあった候補のうちどうしてその脚本に決まったのか、茉奈美も明香里も、それを決める学級会の間ずっと上の空だったからわからずじまいだ。
 明香里の予言通り、ギリギリまで決まらなかった主人公の女子高生は岡野晴香に、その恋人役は児島隼人に納まった。学園モノなので、役名こそなくとも劇に出る人数の方が多く、裏方と兼任までする必要のある生徒が出るほどだった。純粋に裏方のみなのは、地味な男子三名、四人いるCの内の二名、そして茉奈美と明香里だけだった。

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