小説

『youth』村崎えん【「20」にまつわる物語】

 驚いたことに、明香里は茉奈美と同じクラスだった。Bのあの中に、明香里はいたのだ。茉奈美は全く認識していなかった。明香里の方も、茉奈美を同じクラスだとは知らなかった。どこにも属せない自分は悪目立ちしていると思っていた茉奈美は自分の存在感のなさを嘆いたが、明香里は自分も同じだと言った。Bの中にいても、ずっと孤独だったと。
 茉奈美には、明香里がすんなり「B」と口にしたことが可笑しかった。その中にいた女の子と時間を共有していることが不思議だった。これまでの孤独感は嘘のように消え、茉奈美の心は軽くなった。休み時間がくるたびに肩身の狭い思いをしなくてもいい。移動教室のたびに、席順自由という言葉に、もうビクビクしなくてもいい。たった一人でも友達がいるというだけで、見える景色はこんなにも違うものなのか。世界中から存在を認められたような気分だった。

「どうせ主役は岡野晴香だよ、絶対そうなる」
 文化祭をじきに控えたある日の帰り道、明香里は呆れたように、だけどどこか面白がっているような口ぶりで言った。
駅まで続く坂道を二人並んで歩きながら、茉奈美は下敷きをうちわ代わりに、明香里はそのおこぼれにあずかろうと茉奈美の肩に頭を乗せながら器用に歩いていた。
「あー……なんかわかる」
 テニス部の岡野晴香は、群れるBに属してその中で埋もれて、はじめの頃こそ目立つ存在ではなかったが、明香里の言う通り文化祭の演劇で主役を務めてもおかしくはない不思議な存在感のある女子だった。
 炎天下での体育の後も、すきバサミでわざと不揃いにした前髪が汗で乱れることはなかったし、鉛筆みたいにまっすぐな足は、工夫しなくても制服や体操服をバランスよく見せた。彼女の仲間であるBの子たちが、性格の明るさや活発さでカバーできない骨格的なアンバランスさ、そしてAの女子たちが心血を注いでメイクをしてもダイエットをしても手に入れることが出来ない美しさを、岡野晴香は生まれながらにして持っていた。
 だけどそのことに、本人も周囲も気づいていないのではないかと茉奈美は思っていた。彼女に特別さを見ているのは自分だけではないのか。どこか北村真智に似ているからではないのか。
 明香里は北村真智を知らない。それなのに岡野晴香の名前をするりと出した。その明香里に、茉奈美はまたしても言いようのない安堵を覚えた。
「一番目立つキレイな子っつったらAの野瀬沙織だよ。でもギャルだから。演劇とか真剣にやるのダサいってなるからね。だから岡野晴香なのよ。勉強も普通にできてテニス部で、見た目は真面目っぽいけど、陽なの陽。ずっと陽の当たる道を歩いていくって雰囲気。ああいうのが演劇とか超真面目に熱血にやって、正しいって顔してクラス引っぱるの。で、なんかいつの間にかリーダーみたいなポジションにつくの。んで大学行って、地元で就職して、大学時代からの彼氏と結婚して盛大に結婚式やって……あ、ねえ。私、結婚式って正気の沙汰じゃないと思うんだ。前に親戚のお姉さんの出たんだけど、馴れ初めとか子どもの頃の写真とか披露して何が嬉しいんだって……って失礼。話戻すね。Aの岩田カナとも最近仲良いじゃん?なんか好きなバンドが一緒なんだって。それも大きいよね。Aへの遠慮がいらないもん。この時期にちょうどそういう風になるっていうのかな、それも陽の成せる業だよ。そういう運命になってんの」

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