小説

『youth』村崎えん【「20」にまつわる物語】

 意を決し、ある日の昼休み茉奈美は、机をぴたりとくっつけた二人に声をかけた。
「いっしょに食べていい?」
 とびきりの笑顔を貼り付けた茉奈美は、しかし完全な異物混入だった。
 茉奈美を見上げた二人は明らかに顔を引きつらせ、痩せている方の(名前すらわからない)子が、なんとか愛想笑いを浮かべて「いいよ」と言ってくれたが、そそくさと弁当を広げる茉奈美に、もう一方の少し太った方(こちらも名前がわからない)があからさまに不機嫌な顔を向けた。
 太っている子の方が心が優しいだろうと踏んでいた茉奈美は面食らった。茉奈美の想像では、太っている方が満面の笑みを浮かべて、「いいよー、一緒に食べよ」と茉奈美を招き入れ、そこから怒涛の質問攻めをして場を温めてくれるはずだった。しかし実際に気を使って質問をしてくれたのは痩せている方で、その子の「どこ中学?」という質問以降、吐きそうなほどの気まずさが茉奈美の全身をぐるぐる巻きにした。そして頭の中を、いつどこで誰の話を盗み聞きして得たものかも思い出せない、Cダッシュ二人のこれまでに関する都市伝説的な噂が駆け巡っていた。家が隣で、生まれた病院も同じで、誕生日も一日違いで、幼稚園から今日に至るまでクラス替えの餌食にもならず、名前の順で並んでも必ず前後ろ、ずっと一緒の運命共同体。
 どうして声をかける前に思い返さなかったのか。猛烈な後悔と共に、なぜか突然、北村真智の顔が浮かんだ。目の前の二人がいつかの自分たちに見えて、茉奈美は思わず頭を振った。
 ぼんやりしたまま教室を見渡してみる。Aはコンビニのパンとメイク道具を机に広げ、Cは顔を寄せ合い肩を揺らし、Bは高さの異なる机を不ぞろいに汚く並べていた。ああやっぱり。茉奈美は胸のうちでそっと思った。私はここにいちゃいけないんだ。

 
 春が過ぎ、梅雨が来て、茉奈美は独りぼっちのまま十六歳になった。
 十六歳の誕生日もいつもと同じ、誰とも話さないまま帰宅しようとしていた茉奈美は、学校を出てすぐの所にある何かの工場、その敷地を覗く怪しい人影を見た。
 フェンスにへばりつくその人影は、茉奈美と同じ制服を着ていた。さっきまで降っていた雨で濡れるアスファルトの上に鞄を放り、肩までの髪を湿気で膨らませながら、彼女は、工場で飼われている柴犬を見ていた。汚い柴犬との触れ合いは茉奈美にとって唯一の楽しみだったが、今日は先客がいる。素通りを決めて歩くスピードを上げた。
 距離が近づき、彼女が乱暴に扱っている鞄が茉奈美の憧れているそれだと気づいた。I高の側にあるジーンズショップで売られているヘムのボストンバッグだ。I高生の間で流行っていることを、茉奈美は随分前から知っていた。
「ルールルル、ルールルル」
 しかし聞こえたその声に、鞄への興味は一瞬でかき消された。思わず立ち止まる。フェンスにくっついていた女の子が茉奈美をふり返り、目が合った。
「ルールルル」茉奈美と目が合ったままの彼女が言うので、「いやそれキタキツネのやつ」茉奈美の口からごく自然と言葉が出た。初めてだった。高校に入ってから、こんなにもすんなりと言葉が出るのは。

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